第23回 「トングウェ動物誌」

 『人類の自然誌』に収録された「トングウェ動物誌」(伊谷、1977)は、トングウェの人たちからの聞き取りによって、彼らが身のまわりの動物たちをどのように心で捉えているかを描いています。

「彼らは、アフリカの原野や森林に生活する多くの部族と同様に、彼らをとり巻く自然についての実に精細な知識をもっている。とりわけ、mufumoすなわち呪医の地位にある人たちの、植物的自然に関する知識は卓越している。ここでとくに動物だけをとり上げたのは、その全体像の把握が植物に比べてはるかに容易だからであり、彼らをめぐる動物的自然の全体の上に、彼らの生活と心性がどのように投影されているのかを見ることに最大の目的をおいた」(同書446頁)

 それでは、「トングウェ動物誌」の中から、動物たちの象徴・儀礼的側面や、歌・民話等での姿をいくつか紹介しましょう。

動物の象徴・儀礼・宗教的側面

左:ンソンゴーレ(大首長[ムワミ]の在所を象徴するヒョウ(Panthera pardus)の頭骨;伊谷コレクション)。右:ヒョウ(マハレ野生動物保護協会[MWCS]のサイトから)

「トングウェ族を構成する各父系氏族mulahikoには、せいぜい3人を超すことのない大首長(muwami)がおり、彼らは氏族の精霊や祖霊を祀って、今に生きるその氏族の人びとと先祖とをつなぐ役割を果たしていた。(略)大首長の住居には、クワ科のmujimo(Ficus thonningii)が立っているので、一見してそれとわかるが、そのほかに、トウダイグサ科のkampalaga(Hymenocardia acida)の木を立て、それにヒョウとライオンの頭骨をいくつもかけている。これをnsongoleと言い、それはここが大首長の在所であり大首長が健在であることを象徴している」(S-1「大首長」;「トングウェ動物誌」522-523頁)

「ヒョウngweの毛皮の上に座ることは大首長だけに許された特権であって、他のすべての人にとってはmusilo(禁忌)である」(M-10;同521頁)

左:イボイノシシ、右:ヤブイノシシ(MWCS)

「イボジシngiliとノブタngulubeの肉を食べることは、イスラム教徒にとって禁忌である」(M-14;同521頁)(:トングウェの人たちはイスラム教の影響を受けながら、神[mungu]やその他の超自然的存在[精霊mugabo、祖霊musimu]、そして邪術[bulosi]の存在を信じていました)

トングウェの動物観を示唆する俗信の例

左:ブチハイエナ、右:センザンコウ(MWCS)

「邪術師mulosiは、ブチハイエナitanaの背に乗って、ひと晩のうちにどんな遠いところにでも行く」(Fb-57;「トングウェ動物誌」479頁)

「センザンコウnkakakubonaの鱗に塩をまぜて焚火にくべると、ライオンnsimbaはけっして近よらない。この鱗を家において置いておくだけでも、ライオンは敬遠する。しかし、狩りのときにこれを持っていると、ほかの動物もみな逃げてしまって不猟に終わる」(Fb-46;同478頁)

左:ヨコスジジャッカル(MWCS)、右:オオガラゴ(撮影上原重男)

「夜、ジャッカルlimbweが忍び寄ってくると、木の上にとまっていた鶏nkokoは自然に地上におりてつかまってしまう。ジャッカルはnsambaという薬を使うのだ」(Fb-54;「トングウェ動物誌」479頁)

「オオガラゴmuganyaは、圧し罠lugogoにかかっても、四つ足を踏ん張って重さに耐え、けっしてつぶれることはない」(Fb-43;同478頁)

左:ヤマアラシ(MWCS)、右:マダラセキレイ(撮影上原重男)

「ヤマアラシnyungwaは、自分の体の棘を10m以上も飛ばすので危険だ。柔らかい板などは突き通すし、ヒョウngweでさえ殺すこともある」(Fb-50;「トングウェ動物誌」478頁)

「ヤマアラシの棘を小さく切って落とし穴bugambaの底に入れておく。落とし穴には蛇などが入っていることがあり、そういう危険防止のためだ。またこの尾を切りとったものを旅行のときのお守りにする。このしゃらしゃらいう音で、野獣との不意の出遭いを避けることができる」(Fb-50;同478頁)

「新築した家にマダラセキレイkatientieがやって来ないと、小首長mutuwaleを招いてお祓いをしてもらう。お祓いをするとセキレイがやってくるものなのだが、それでもまだこの鳥がこないと、あの人は小首長に対する信仰がないのだとささやかれる」(Fb-34;同477頁)

「マダラセキレイが家にやってくるようになると、家の近くの水にカワセキレイkatientiemongaがやってくるのを待つ。カワセキレイが訪れない水はよくないので使えない。カワセキレイを呼ぶために、また小首長を招く。カワセキレイがくる水は清い水だ」(Fb-35;同477頁)

歌のなかの動物たち

左:イボイノシシ、右:キイロヒヒ(どちらもMWCS)

「イボジシngiliは尻尾を立てている。イボジシは尻尾を立てている」(Fs-44;「トングウェ動物誌」485頁;山中で作ったカヌーを湖辺に曳いていく時の歌)

「たくさんのヒヒmangujeがいたのに、たった1匹だけ残って、まるで人間のように居眠りしようとしているよ」(Fs-38、malembe;同484頁;女性たちが、踊っている男2人を取り巻いて歌う形式の歌)

左:チンパンジー(Kグループ;撮影上原重男)、右:1971年7月4日のノートで、モハメディがサファリ中に、実際にブジェゲを口ずさんでいるシーン

「チンパンジーmansokoだってみんなで群れをつくって生活している。ヒヒmangujeだってみんなで群れをつくって生活している。だからあなたたちも、あなたたちの子供がみんなと一緒に遊べないような、そんな扱いをしてはいけません」(Fs-39、Kosokoso;「トングウェ動物誌」485頁)

 赤い点線内の記述は、原野でブジェゲ(歌)を口ずさむシーン「2:53 休憩。Muba林中。“カミヌラ ムシラ カバカニュレ”−Kaminula Musila Kabakanyuele。モハメディがBujege一節うたう。“山にいったら、けもののようになって帰ってくる”」(:ミオンボの一種のJulbernardia globiflora)

物語の中の動物たち

左:ンサンガーラ(ナイルパーチ)、右上:チャンバンコモ(撮影上原重男)、右下:ライオン(撮影地はマハレではなく、マサイマラ国立公園;MWCS)

「(魚の)チャンバンコモnchanbankomoとンサンガーラnsangalaとイルンブilumbuが、カソゲの村からキゴマまで、会議に参加するために出かけた。カボゴ岬にさしかかったときに月があがり、イルンブは月を見ようとして湖面にあがってきて月ばかり眺めていたので会議のことは忘れてしまい、あの目玉をむいたような顔になってしまった。チャンバンコモも月に見とれてカボゴ岬の岩に頭をぶつけて額に大きなこぶを作ってしまい、痛さのあまり会議は欠席ということになった。ンサンガーラだけが会議に出たのだが、3人分を1人で喋りまくったので、あんなに口が裂けてしまった」(Ft-5;「トングウェ動物誌」489頁)(:イルンプはニシン科の小魚ダガーの一種)

「昔々、ハイエナitanaがライオンnsimbaに向かって言った。“私は獲物を捕らえるのに苦労する。ここであなたと一緒にいるのが一番いい”。ライオンが獲物を捕らえ、ハイエナも骨にありついた。そのあとライオンが病気になった。ライオンは医者を連れてくるようにハイエナにたのみ、ハイエナはノウサギkalulweを連れてきた。ウサギは“よい薬を知っているのだが、ハイエナの皮なしにその薬はできませんね”と言った。ライオンはハイエナのところにゆき、やにわにその腰の皮を剥いでこう言った。“お前は悪いやつだ。ウサギはお前の皮が薬だと言ったぞ”。ハイエナはみっともない恰好をして逃げていった。いまもってハイエナには腰がない。それというのもライオンが薬にしてしまったからなのだ」(Ft-14;同491頁)

Q.アフリカでの調査では、どんな言葉を使っていますか?

A.地域で異なりますが、タンザニアやケニアでは、(旧宗主国の言葉で、かつ高等教育機関で使われている)英語、地域の共通語(lingua franca)のスワヒリ語(kiswahili)、そしてそれぞれの民族が話す民族語です。例えば、タンザニアでのチンパンジー調査では英語とスワヒリ語を使いますが、人類学の調査では民族語が必須でしょう。
 スワヒリ語はニジェール・コンゴ語族に属するバントゥー系*の言語で、「タンガニイカの東海岸からザンジバル諸島にかけておこったことばである。それがアラブの商人によって奥地に運ばれた」「スワヒリ語はヒンドゥー語やアラビア語のボキャブラリーを沢山とりいれている。そういう同化力のあることばだから、東アフリカ唯一のインター・トライバルなことばになりえたのだ、ともいえる」(「アフリカ動物記」253-254頁)。現在はケニア、タンザニア、ウガンダ、ルワンダでは公用語で、第二言語話者を含めれば数千万人に使われていると言われています。(:バントゥーとは、この系統の多くの言葉で“人”を表す“-ntu”に、複数を表す“ba-”という接頭辞が付いた言葉で“人々”という意味です)
 マハレ周辺のトングウェの人たちの民族語は「トングウェ語(sitongwe)」と呼ばれ、やはりバントゥー系の言葉ですが、その中のニャムエジ・グループに属します。動植物名を例にとると、ヒョウはスワヒリ語ではchuiですが、トングウェ語はngweとなります。
 それに対して、第26〜29回で触れる予定のトゥルカナの人々が話す「トゥルカナ語」は、ナイル・サハラ語族に属しており、スワヒリ語やトングウェ語とは別系統の言語です。

(以下、次号)

編集・執筆:高畑由起夫


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