第31回 「展示品の説明シリーズ:トングウェの日常品2」
前回に引き続き、愛知県犬山市の野外民族博物館リトルワールドからお借りする予定の展示品について、『タンガニイカ湖畔』(伊谷純一郎・西田利貞・掛谷誠、1973)をベースに説明します。
展示品4.箕(現地名 Luhe[トングウェ語]、Ungo[スワヒリ語]);直径50cm×高さ8cm、重さ480g;伊谷純一郎収集(野外民族博物館リトルワールド蔵)
トングウェの箕(み):スワヒリ語でミアンジ、トングウェ語でルロンジェ等と呼ばれる竹(Oxytenanthera abyssinica)で編んだ箕で、主食のウガリを用意するためのトングウェ独特の道具
「ミオンボのほかに、原野を占領しているもう一つの重要な植生がある。それは、オキシテナンテラ・アビシニカの竹林だ。スワヒリ語でこれをミアンジと呼び、トングウェに固有のシセレ、ルへ、イクブル等の容器を作るのに用いる。ソリッドステムドバンブーと呼ばれるように、茎の中がきっちりとつまった竹で、叢生して広大な面積をカヴァーする」(『タンガニイカ湖畔』172頁)。
左はキャッサバ畑、この根から良質な澱粉がとれます。中央は、臼と杵を使った製粉作業。右は、粉をふるいにかけている女性。女性の前におかれているのがLuheです。
「湖岸部の村では主食はキャッサバ(マニオック)だった。畑からいもを掘りおこしてきて、皮をむき数日水に晒し、乾燥した後、(臼と杵で)粉にする」「キャッサバは、つくるのには手間がかからないが、畑から掘りおこしたいもをウガリとして食膳にのせるまでにはずいぶん面倒な過程を経なければならない。まず皮をむき、3〜4日間水につけてあくを抜く。そのあと天日で乾かし、木臼でついて粉にし、ふるいにかけてやっとウガリにするための粉ができる」(182頁)。「村の朝は、女たちの杵の音で始まった」。そして、「粉をふるいにかけ、粗粉と細粉をわける。粗粉はもう一度つき直して細粉にする」(66-68頁)。
「≪キブググブ・ブングサ≫
木の葉(キブグブグ)が風に揺れるように、
粉をざる(ブングサ)でふるい分けるように、
タイコの音が遠くから聞こえる。
今夜は睡れないだろう(ブワレロ・シロララ)。
トンボの踊り(ウフリケ・ムセンセシ)のざわめきを、聴きなさい。
今夜は睡れないだろう(ブワレロ・シロララ)」
(ムセンセシより;西田利貞、1973『精霊の子供たち』80頁)
トングウェの人たちはルへ等以外にも、様々なザル・カゴの類を編みます。伊谷コレクションから写真を抜粋してみましょう。
編み籠の類
左上は「ミアンジ竹とパンダナスの葉で作ったトングェ固有のざるの」シセレを作っているところ。「大中小3つで一組となり、ウガリの容器その他に用いる」(102頁)。右の上から二つ目は「ミアンジをさいて編みあげた容器、イクブル。キャッサバやトウモロコシの粉を入れたり、衣料品を入れたりする」(101頁)
あるいは、魚をとるために仕掛ける罠も作ります。「川の最上流では、タナゴほどのコイ科の小魚ンクリ(Barbus sp.)をモンドリでとる」(176頁;下図)。
小魚を獲るための魚罠:「Mugono(Kuriをとるモンドリ。Watoto wa Nyuki(ハチの幼虫)を中に入れる。Chambo。Lushete(Acalypha ornat/chirindica;トウダイグサ科の植物)でつくる」
また、籠の類ではありませんが、アシ(マテテ)などを巧みに束ねて、「家の扉、小屋の壁、垣根に用いる」(173頁)。
マテテで家の扉を作っているところです
展示品5.運搬用ニワトリカゴ(現地名 Lutundu);直径48cm×高さ35cm;伊谷純一郎収集(野外民族博物館リトルワールド蔵)
ルトゥンド
上の写真は「運搬用のニワトリかご」です(102頁)。なお、「燻製魚の持ち運びにつかう容器」等もルトゥンドと呼びます(101頁)。
使用しているところと、ニワトリ小屋
左上の写真は実際にニワトリを入れて運んでいる様子。その右は「原野のまっただ中にあるLuh***氏族のBsu***の部落。野獣の中で暮らすかれらは、部落のまわりに太い杙をまわらせて生活していた。やぐらのように見えるのはニワトリ小屋(夜は、肉食獣に襲われないように小屋に寝かせます)」(61頁)。
「ニワトリはなんといっても一番のごちそうである。(略)羽の色は茶、橙、黒、白、ぶちとさまざまで一羽として同じものがなく、肉はよくしまって美味だった」(西田利貞、1973『精霊の子供たち』)。
トングウェの集落で飼われている家禽類。右下はタンガニイカ湖畔で飼われているアヒル(スワヒリ語でBata)、ほかはニワトリ(同じくKuku)ですが、様々な羽の色をしているのがわかります。
トングウェにとって、ヤギとニワトリは「食用として、また諸種の儀礼のためにも、トングウェにとって、貴重なものだ。この他に、アヒル、ハト、ヒジ、イヌ、ネコを飼っているが、ツエツエバエが多いのでウシは飼っていない」(『タンガニイカ湖畔』61頁)。
ヤギとニワトリを放し飼いにしている光景
出典は『タンガニイカ湖畔』(1973年12月10日発行、筑摩書房)
「私たちの13年に及ぶタンザニアの調査は、主として文部省(現文部科学省)の海外学術調査費とヴェンナーグレン人類学研究財団の援助によって続けられてきた。チンパンジーの社会に関する主要な成果は、逐次欧文の論文として出してきたが、いま、調査隊としてのまとまった和文の報告書の出版をいそいでいる段階である。
この写真集は、そういった論文だけではあらわしえない、私たちが見かつ体験してきた世界を表現しようという意図で企画したものであるが、本文の中でも述べたように、この地域での新しい研究の対象であるトングウェ族の生活に主眼を置き、私たち3人で編集することにした。(略)最後に、誇り高き原野の人々、トングウェの数多くの友人に、この書物を捧げたい。1973年8月28日 伊谷純一郎 西田利貞 掛谷誠」(あとがきより)
(以下、次号)
収集:伊谷純一郎、出典:『タンガニイカ湖畔』、編集:高畑由起夫
2026/3/6
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