第32回 「展示品の説明シリーズ3:トングウェの日常品3」

 前回、前々回に引き続き、「伊谷純一郎生誕100周年記念事業」で愛知県犬山の野外民族博物館リトルワールドからお借りする予定の展示品についてのシリーズです。

展示品6.盛りつけ用杓子(現地名 Kamamasiyo):長さ42cm×最大幅9.5cm、重さ120g;伊谷純一郎収集(野外民族博物館リトルワールド蔵)

キャッサバやトウモロコシ粉を使ったウガリ(固練り粥)等を作る時に使う木製の杓子

「熱湯に、キャッサバあるいはトウモロコシの粉を入れ、(杓子で)ねりあげ、大きな団子をつくる。これが彼らの主食ウガリだ」。「男と女は別々に食べる。ウガリは、掌の平で手ごろな大きさに丸め、親指でその真ん中にくぼみをつけ、それで魚や肉のボガ(副食)の汁をすくうようにして口に運ぶ」(伊谷純一郎・西田利貞・掛谷誠、1973『タンガニイカ湖畔』68頁)

ウガリ作りと食事風景

 左の写真は、女性がウガリを作っているところ。東アフリカではsufuriaと呼ばれているアルミ製の鍋に熱湯をわかし、大量のキャッサバやトウモロコシの粉を投入、杓子で力の限り捏ね上げます。右上の写真は(右下の白い塊)を前に、食事をしている女性と赤ん坊。右下の写真は、右はウガリを食べている西田利貞氏ら(撮影高畑)

  「仕事と聞けば、背中が痛い、
  ウガリとあれば飛んで来る
  ほんにこの嫁 知恵遅れ、
  砂をけちらすめんどりね」
    (歌「ンソコソコ(Nkosokoso)」より;西田、1973『精霊の子供たち』254頁)

展示品7.器台(現地名 Kiteso):直径16.5cm×高さ11cm;伊谷純一郎収集(野外民族博物館リトルワールド蔵)

木目も美しい器台

「プテロカルプス(Pterocarpus;マメ科)属やアザンザ(Azanza;アオイ科)属の木々は、家具や木工の材料として貴重な存在だ。彼ら(トングウェ)の社会構造に深いかかわりあいのある丸椅子、シテべの美しい木目はアルビジア属のカグバ(Albizia antllnesiana;マメ科)のものだ」(172頁)。伊谷展では、木工品として杓子と器台を展示しますが、このほか、様々な木工品が作成、利用されています(下の写真参照)。

 例えば、各種の椅子や太鼓もトングウェ手作りの木工品です。右下の写真は「カバソ[手斧]を使って、その柄を削っている男。奥地の村には、かならず1人くらい格別器用な男がいるものだ」という解説がついています(90頁)。

各種の木工品1

「トングウェたちは湖岸から何日も内陸に分け入った川辺林の中で、カヤやコルディア(Cordia spp.;ムラサキ科イヌジシャ属)の巨木を伐り倒し、そこに小屋がけして手斧1本でカヌーを削り、それを湖岸まで曳いて出るのである」(175頁)。

木工品2:左は臼と杵、そして女性が座っている椅子が写っています。そして、カヌー(中央)や弓矢(右)

「アサリ(蜂蜜)は、現金収入源の一つとして、またうまいハニー・ワインの原料として、もっとも魅力的な原野の産物だ。蜂蜜採集の合い間に、新しいムジンガ(蜂箱)を削って木にかける」(181頁;下の写真参照)。「斧で切り倒した丸太を、あとは手斧1本でくりぬく。材は厳選され、20年以上もつものもある。一人で100個以上もムジンガをもつ男がいる」(80-81頁)

木工品3:ミツバチの蜂箱を作る

「集落の一隅、アブラヤシ(ギニアアブラヤシ、Elaeis gllineensis)やムルンバ(Ficus fhollningii)の木の下で、祖先霊を祀る小さな家を形どった象徴的造形物や、霊のための石の炉などと木陰を分かちあうように、男たちはバオというゲームに興じている」(52頁)。バオはアフリカに広く分布する木製の板で作られたゲームです。板にほられた4列、計32個の穴(『ポケット』)にいれた駒(石や硬い種子等)をめぐり、向かい合ってプレイします。

木工品4:バオ

展示品8.瓢製柄杓(現地名 Mutaho[トングウェ語]、Musuyu?[スワヒリ語]):長さ25cm、球の径11cm、重さ90g;伊谷純一郎収集(野外民族博物館リトルワールド蔵)

瓢製ひしゃく

 上の写真は「ムタホ、ヒョウタン(Lagenaria sp.;ウリ科ユウガオ属)で作ったひしゃく」です(『タンガニイカ湖畔』103頁)。ヒョウタンは「器や、ひしゃくなど用途」が広く、「重要な農作物の一つである」(103頁)。

トングウェとヒョウタン

 左の写真は、ヒョウタンを収穫して、家の軒下に集めた風景。右はヒョウタンを利用したトングウェの楽器です。右上は「四元のルクンビ、共鳴器は大きなヒョウタンだ」。そして、右下は「トングウェの古い楽曲は、素朴ながらも中世の教会音楽を思わせる」という演奏シーン(107頁)。

原野での生活の終焉

 この2〜3年ほど前から(注:1970年前後)、ゴゴの国のドドマの付近に、一つの変化が起こっている。それは、半砂漠状の不毛の原野が、一面のブドウ畑に変わりつつあることだ。新興国タンザニアの重要な政策の一つであるキジジ・チャ・ウジャマー、つまり“同胞の村”の成果だ。
 原野に散在して細々と暮らしている人たちを、1か所に集めて新しい村をつくらせ、集約的な開墾や農業を進めて生産をあげ、国力の増進をはかろうという政策だ。ゴゴ・ランドのブドウは、ドドマ・ワインと銘うって、町の店頭に顔をみせるようになった。
 トングウェの国でも、キジジ・チャ・ウジャマーの計画が進んでいるという。ミオンボ・フォレストの奥の村々にも、来年中には村を捨てて湖岸に移るようにという、お上からのお達しが届いたという話を聞いた。近い将来に、トングウェたちが原野のまっただ中で守り続けてきた孤塁のような村々は、ことごとく自然に帰ってしまうのだろう。そして、この写真集で画いた、原野の中での伝統的なトングウェの生活は、姿を消してしまうのだろう。

(『タンガニイカ湖畔』190頁)

(以下、次号)
収集:伊谷純一郎、出典:『タンガニイカ湖畔』、編集:高畑由起夫
2026/3/14


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