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解説:中川尚史.ニホンザルのオス・メス間の友達関係は何のため:社会生態学の有効性と限界.霊長類研究,2008,24: 91-107.[中川尚史.リプライ.霊長類研究,2008,24:144-147.]                                       

                                                               

(要旨)

本稿の英文サマリーを中川が和訳したものを以下にしるす。

発情期間を越えても維持される非血縁の雌雄の親和的関係は,主にサバンナヒヒ,ニホンザル,アカゲザルなど幾つかの霊長類で知られてきた.本稿はこうした関係を友達関係と呼び,それぞれの性にとっての友達関係の利益をレビューする。雌にとっては,雄友達との近接や同盟は敵対者からの攻撃を多かれ少なかれ妨害することが,3種すべてで認められた。他方,雄にとっては,繁殖成功を高める効果は否定的のようである。サバンナヒヒについては,赤ん坊を経由した雄の利益は熟考する必要がある。雄のヒヒは,以前種をつけた雌友達のアカンボウの世話をしている可能性は非常に高いので,このような友達関係は,特に子殺しの知られているヒヒについては,互恵的利他主義というよりむしろ血縁選択によって進化したようだ。雌雄の間の互恵的な利益の交換に限っていえば,全体として利益が雌に偏っているので,雌が友達関係の維持に積極的な役割を演じている。このように社会生態学は友達関係の究極的な原因について説明可能である。しかしながら,社会生態学は以下のような観察に対してはじゅうぶんな説明力を持たない:屋久島の海岸林に生息するニホンザルの1群を2頭の群れ外雄が交尾期中のそれぞれ別々の日に訪れた。彼らは雌から一方的に毛づくろいを受け,交尾もせずにすぐに群れから離れていった。これらの2事例は,旧友同士の交渉のようであったが,互恵性はみてとれなかった。移出後にある雄が旧友雌と再会を果たすことはめったに起こらないため,非適応的なこうした行動は問題とはならないのだろう。社会生態学はこのようなめったに起こらない現象は説明しない。しかしながら,めったに起こらないことだからといって,こうした事例を無視するわけにはいかない。サルが旧友と再会するというのもニホンザルの社会のひとつの側面なのだから。

(解説)

 本稿は,第23回日本霊長類学会大会において中村美知夫さん(京都大学野生動物研究センター)らが企画した自由集会「社会の学としての霊長類学」での発表をもとにしている。中村さんらは,拙論を含めこの自由集会での3題の発表を標的論文として,それに対するコメント,さらには標的論文の著者からの返答までを合わせて掲載するという新企画を,学会機関誌「霊長類研究」に提案し,編集委員会,理事会の承認を得て成立した。この特集は,テーマとしては先の自由集会と同じく,「ヒト以外の霊長類の社会には,アプリオリに生物学的な還元主義を適用せねばならないことになってしまって」いる現在の霊長類学に警笛を鳴らし,人間社会に適用されているようなさまざまなアプローチの下での社会の理解を目指すものであった。そして,西江仁成さん(京都大学大学院・理学研究科)と北村光二さん(岡山大学大学院社会文化研究科)の論考はそうしたアプローチに沿ったものである一方,拙論は上の要約をお読みいただいてわかるとおり,どっぷりと還元主義の社会生態学に浸かっている。しかし,コメンテーターのひとり曽我亨さん(弘前大学人文学部)が指摘した「世話人たちが意図した方向性に反するもの」ではなく,単なる引き立て役と考えていたかもしれないが,社会を探る多様なアプローチのひとつとして意図的に拙論を特集に盛り込んだのであった。こうしたやり取りを含め,すべてではないにせよ頂いた様々なコメントに回答していく作業を,誌上で行っていくことは私自身初めての経験であったが,実に楽しいものであった。ぜひ,この楽しみながらも反論の根拠はきちんと文献を引いてで示すという姿勢を貫いたリプライ,そしてこのとき「霊長類研究」の編集長でもあったゆえの悩みを一部披露した編集後記もご笑覧いただきたい。
 話をもとに戻すが,拙論の主張は,そのタイトルからも推察されるとおり,社会生態学の限界を示すことでもあった。その限界は稀な出来事を説明できないことにあることを論証するを通じて,その限界範囲内での社会生態学の信頼性を高めようとする,ねじれ構造も味わっていただきたい。
 最後に,本稿のいわば柱となっている「旧友同士の交渉という稀な出来事の事例の記述」だが,査読の過程でずいぶんと削らざるを得なかった。
事例の記述に基づく論文というのは,これまで1編(Nakagawa1995)しか書いたことがなくその表現の仕方については,中村さん,西江さん,北村さんほかこの企画においては主流派である方々とのつきあいの中で見よう見まねで学んできたことだった。あくまで私の理解であるが,事例は極力ありのままを生データとして記述すべきものである。量的に示すことで客観性を主張できない分,読者が独自の解釈を可能にすることで客観性を保証する必要があるためからだ。しかし,今の時代,事例を事細かに書き連ねることは,「生物学的な還元主義」を採用する学術雑誌には,やはり難しいことのようだ。だからこのHPの場で,披露しておく。

[事例1]AM27の事例

n        20061121114832秒 Nn(追跡個体オトナメス発情中)がMk4歳妹)から毛づくろいを受け,Nn から半径1m以内にNj2歳娘),TI(第4位オス)がいるところに,AM27が突然接近し,Nnから毛づくろいを受けはじめる。

n       2分経過後,MkTIが相次いで去り,Nn およびAM27から半径10m以内は0mにいるNjのみ。15m離れてMS(αオス)とKe(発情メス)がコンソート中。

n       11534秒 AM27Nnにマウントするがスラストはなし。すぐにNnが毛づくろい再開。

n       11563秒 AM27Nnを毛づくろい。同5711秒 Nn1m移動。AM27が接近しNnが毛づくろい再開。 5910秒 AM131111日から毎日みる群れ外オス)の接近によりAM27いったん退却。

n       122328秒 Nnから半径3m以内にはMSMI(βオス),TO(第5位オス)のほか3頭のオトナメス,6頭のコドモ,および2頭のアカンボウ,半径10m以内にはその他E群構成員のほとんどがいる中でNnNjを毛づくろい中,35mの距離からAM27が接近したが,Nn2m離れた位置にいるTOに接近し毛づくろい開始。その後,すぐにNjNnを毛づくろい。

n       122422秒 AM27再度Nnに接近しNjとともにNnを毛づくろい。

n       12255秒 NnAM7から毛づくろい受けるのをやめNjに毛づくろい開始。 2530秒からはNnTOを,2600秒からはNjを毛づくろい。287秒 NjがNnを毛づくろい。

n       123145秒 NnTOの間の小競り合いの前後に,AM27Nnの半径10m以内から出る。

n       1370秒 Nnはハゼノキの樹液採食後の移動中,AM27に追随しはじめ, 758 AM27に接近後毛づくろい開始。

n       13923秒 Nnが少し離れて座るとAM27再度接近しNnが毛づくろい。同1008Nn立ち去り移動開始。このとき,10m以内にほかには誰もいない。Nn朽木の昆虫探索。

n       131501 NnAM27に接近。AM27Nnにマウントするがスラストはない。Nnはすぐに立ち去りハナガサノキの果実採食開始。10m以内はほか2歳1頭のみ。

n       132424秒 NnAM27に接近。同2637AM27Nnの陰部の匂いをかいだのちNnが毛づくろい。同2740Nnが先に立ち去り,AM27と離れる。

n       以後,翌日(1122日)1120分まで姿はみられるも,E群構成員との交渉未確認。その後,調査終了日である20061129日まで姿みず。

 

[事例2AM31の事例

n       20061124 810分 AM31MS(αオス)と毛づくろい中のKe(追跡個体オトナメス発情中)の3m以内に初めて入ると,そばにいたKt4歳娘)が毛づくろいを開始。3m以内にはMn(αメス)ほか他のメスもいる。その直後,MSKeと交尾を始める。終了後,KeKtMS3者で毛づくろい交渉を交わす。

n       83814秒 AM313者のすぐ脇に接近して座る。

n       84042秒 KeAM31に毛づくろい開始。同439秒からは,MSAM31に毛づくろい開始。同5035秒に,AM31が何かに驚き1m離れるまでKeからの毛づくろいが953秒間継続。

n       85330秒 AM31再びKeの1m以内に接近し陰部の匂いを嗅ぐが,すぐさまMI(βオス)に威嚇されKeの3m以遠へ。

n       9252秒 今度はKeAM31の1m以内に接近するが,AM31が退く。

n       940分までは,Ke10m以内に留まるが,それ以降,調査終了日である20061129日まで姿みず。