第17回 「カサカティ・フィラバンガ・マハレ：３つの調査地とマハレでの餌付けの成功」
「私は1966年に再びタンザニアに渡ったのだが、ついに６年目にして、西田君がマハレ山塊のカソゲでチンパンジーの餌付けに成功していた。この調査を終えて２月に帰国し、自宅に着いた夜、横浜から電話がかかってきた。田中二郎君＊からで、これから船で南アフリカに発つが、片道切符なので「帰りの旅費を頼みまっせ」という用件だった。カラハリのサン（ブッシュマン）の生態人類学的調査が始まろうとしていたのである」（『サル・ヒト・アフリカ』71-72頁）。＊：当時、東京大学大学院文化人類学専攻の大学院生。1971年に『ブッシュマン 生態人類学的研究』を出版、霊長類研究所や弘前大学人文学部を経て、1986年に京都大学アフリカ地域研究センターに赴任。
このように1966年は、伊谷先生にとって６年越しの“餌付けによるチンパンジー社会の解明”と、“生態人類学の始動”という重要な節目が重なった年となります。
左は1965年９月、カサカティ（イティティエ）基地に集まった新戦力たち。左より西田、加納、鈴木、伊沢、ラマザニ、ボロ・ムゼー。右はカサカティでの日常風景から
さて、話は前年、1965年８月に遡ります。伊谷先生は新人として加納一男（隆至）・西田利貞さんを連れてカサカティを再訪、鈴木晃・伊沢絋生さんに合流します。４人の大学院生がカサカティにそろい（上左図）、第15回で触れた講座設立による大学院生＝新戦力の増強が実を結び始めたわけです（なお、前年から滞在していた鈴木さんはこの直後、帰国するので、残るのは３人になります）。
まず、新フィールド開拓を念頭にミーティングが開かれます。その背景には「カサカティのチンパンジーが餌づく可能性が小さいこと、（伊谷・鈴木さんの帰国後）３人を投入するには、チンパンジーの人口がやや小さいこと、伊沢君がイティティエ川周辺にくるチンパンジーの個体識別をすでに相当進めていたことから、加納君と私はそれぞれ別のフィールドへ出かけることにきまった」（西田、1973『精霊の子供たち』12頁）。
８月17日の会議の結果、まず、�＾紡堯Σ断爾気鵑�カサカティ・カボゴ間を往復、�⇔詭據�西田さんはカサカティの北のマコロンゴ台地を探索します。しかし、どちらもそれほどの成果が期待できそうにありません（伊沢、1977「カサカティ盆地のチンパンジー（�供法廖法�
再び開かれた隊員会議では、より長期にわたる予察が計画されます。�＾肪�先生・鈴木さんが東のフィラバンガを（伊沢さんの表現では“陸軍”）、��伊沢さんは単独で南方のマハレ山塊のカソゲ周辺を（こちらは“水軍”）、それぞれ14日間と17日間。その結果、前者では９月３日にフィラバンガで43頭の行列を観察、社会構造への見通しを得たことは、第16回で触れました。さらに伊沢さんによる予察は、マハレでの餌付けの可能性を強く示唆するものでした。こうしてどうやら突破口が見えてきます。
左：北側から見たマハレ山塊の遠景。右：フィラバンガの景観
予察が済んだ９月14日、ミーティングが開かれます（14・15日に会議、翌16日に伊谷・鈴木さんが帰国の途につくという、かなりタイトな日程です）。この日の伊谷先生のノートには各報告が詳細に書き込まれていますが、かなり荒削りなメモ書きという印象で、臨場感あふれるものです。その中から、伊沢さんによるカソゲに関する報告の２頁を選び、赤い点線で囲んだ箇所を、適当に意訳や推測・省略等もまじえて書き出してみます。なお、文中の＊＊は判読困難を示します。
左頁「（８月29日、カソゲで）この日（カシハの）村よりSoko（チンパンジー）の声あり」
「８月30日 Buegere。Dugulugu（アカコロブス）の群れ40匹を見る。午後、Lwegele谷でSoko木より落ちるが、見れず。１匹10分、Young male。Kitongwe（トングウェ語）でLulumashiya（Lulumasha；ニクズク科の二次林性の高木）の果実を食う。群れの大きさ、X１〜X4を一つの群れと考える。X１〜X4 250mの距離、トータルで30頭の群れと思う」
右頁「（観察距離は）30mくらい。人をあまり恐れない。ほかの行動（？）、別に恐れない。この日に、村、Lugulungu（Lubulungu川）で、別（集団）。結局、３つのグループがあったことは間違いない。チンパンジーの群れ、A1とB1との間はKif＊＊＊ Juu、Kif＊＊＊＊＊＊＊、Kasakati程度の距離。山泊り（？）。31日 30日の群れを追う。２回、ドスンに会うのみ。ヤブが厚い。Ilombo（キョウチクトウ科の木性蔓の実）が熟れている。Buhono（ウルシ科の高木）の実も食う。Hambuwa（lhambwa；河辺に多いイチジクの実）も食べている」
結論として、①個体群密度がかなり高い。季節によって集まる。②集落に近く、物資補給によい。③餌付けの可能性高い。④植生タイプが（カサカティと）違う等、非常に興味ぶかいフィールドである。⑤ムガンボ（近隣の村落）に週２回、キゴマから汽船（リエンバ）が寄り、ボートの行き来も多い。キゴマまで汽船で１日足らずで行ける等が挙げられています。
翌15日には、前日の報告を踏まえて、論点整理と方針決定がありました。こちらもカソゲに関する以下の２頁について、赤い点線で囲んだ箇所を図の下に書き下します。
左頁「（１）Kasoge タテ（横に無限に広がるカサカティと違い、カソゲでは湖岸から山裾、山腹にかけての垂直分布の変化をさすと思われます）。Vegetation 環境の違い。人間の畑。Population 広がり」
「伊沢：Kasogeに最低、大群れが３群。intensive surveyに適当。それと（カサカティとの）比較に適当。やりたいと思う。（遊動）範囲が狭いので、村と結びついている。物資（補給）は簡単。Camp運営の苦労はない。畑を作ってサトウキビをつくる。３カ月で答がでる」
右頁「あと、月1000シリングで（雇って畑を維持させ）、我々の中の一人がゆけば答えがでる。Inter troop relation（の研究）に良い。Kasogeではfeeding（餌付け）有利」
「鈴木：MKY（？）の危険の心配ないか？」
「伊沢：聞き込み（では）年間（を通して声が）聞かれる。Sakama（Isakama；イラクサ科の低木の実）がなれば（＊月＊）もっと見れる」＊：７月あるいは３月？ Isakamaの果季から推測すると、ひょっとして９月？
なお、このノートには最終結論が書かれていませんが、『精霊の子供たち』（12頁）では「加納君はフィラバンガへ、私（西田さん）はカソゲに入ることとなった。チンパンジーへのアプローチの方法は、伊沢君は子どものチンパンジーをナイロビから買ってきて飼いならし、それを媒介にして野生チンパンジーに近づく、加納君はチンパンジーのグループの中へできるだけ何も持たずに接近し、自分の姿をかれらに何度も見せることによって慣れさせる、私はニホンザル研究で成功した餌付けを試みる、というように決められ、伊谷さんはこれらの方法をそれぞれ、「サルづけ」（下写真）「ヒトづけ」「餌づけ」と呼んだ」とのことです。一方、西田さんは10月２日、約２か月を過ごしたカサカティ基地を離れ、雇人のジュマンネ一人を連れてカソゲに向かうことになります。
伊沢さんと、「サルづけ」のためナイロビで購入したコドモのチンパンジー（ブルーシ）、および一緒に飼われていたドグエラヒヒの子供（ペンタ）
伊谷先生と鈴木さんは会議翌日の９月16日にKigomaに向けて出発、帰国の途につきます。キゴマでは富川・日野さんに会い、「久々にビールを飲む」｡18日、鈴木さんとタンザニア中央鉄道で二人旅、19日朝タボラ通過、20日ダル・エス・サラーム着。21日は選挙で休日、海岸のBanda Beach（漁師が水揚げする浜、後に市場ができます）でボラを揚げているのを見物。22日に空路ナイロビへ移動します（「第110個目のヒコーキ」と注記あり）。
（以下、次号）
編集・執筆：高畑由起夫
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