第3回「性と文化:サルたちの日々の暮らしから」
幸島でまず注目されたのは“性”、とくに交尾期の存在です。それまでの調査ですでに「初夏にコドモが生まれることはまちがいない」「結局、決まった交尾期と出産期とがあるに違いない」(『高崎山のサル』)と議論が交わされていましたが、これは本当か? そして、「性交渉が全く見られないのは何故か(=群れは性と無関係に成立しているのか)?」という問いに答えるため、伊谷・川村・徳田による連続観察が計画されます。
さて、1952年8月の餌付け後、幸島ではずっと発情・交尾の気配もありませんでした。しかし、12月の終わり頃、メスが発情し始めます。左下は翌年1月のカミナリとウツボ、右下はモボと若いメスとのコンソート(配偶)関係です。赤い点線部分では、2頭がなかなか交尾しないのをいぶかしんでいますが、翌日には射精をともなう交尾を観察できました。こうして交尾期が本格化します。
(左)赤い点線部分は「1♂(カミナリ)、キセルイワの第3段(?)に行く。1♀(ウツボ)もついていく。2匹ピッタリくっついて sitting。そのうちに、1♀→1♂ grooming をやり出した。Copulation はしない。一体、どうしたのであるか?」(1953年1月10日 8:40)、(右)第3位のモボと若いメスの配偶関係
一方で、交尾期はやはり終わりを告げます。伊谷・川村の後をうけて観察を続けた徳田氏は、「3月23日になって、群れの中には一つの性関係も、すでに存在していない」ことに気づきます。そして、「その日以後、日がたつにつれて、彼らの性交期はついに終わったのだ」と確信します。「性の季節は霧の晴れるがごとくに跡形もなく消え去ってしまったのである」(『幸島のサル』)。
このニホンザルに繁殖季節性がある=交尾がない時期も群れは維持されるという観察をもとに、「今西さんがCurrent Anthropologyに論文を出し、S・ズッカーマンがPapio comatusについて書いた1930年代の論文、“Sex causes society theory"つまり“社会集団をつくるのは性である”という説を激しく批判しました。この論文をめぐる専門家による議論は有名です」と、伊谷先生は回顧します。もっとも、現在の視点からこの論争を見返すと、当時の議論は「Mating behavior(配偶行動)が集団維持に直接かかわるか?」という近接要因レベルにとどまり、「Reproductive strategy(繁殖戦略)が集団形成に進化史的にかかわるか?」すなわち究極要因の議論には及ばなかったようです。
さて、交尾期=メスの発情は、当然、オス間に緊張をもたらします。下の図は、メスが発情し始めた1953年1月10日に、群れ外オス(実は、対岸で捕獲され、幸島に放たれた“モリ”というオス)の接近に、群れオスが興奮、対抗している様です。
赤い点線部分は「(群れ外オスのモリが潜むforestに飛び込む)には要心が必要らしい。ややためらいがちに、しきりに首をふったり、背伸びしたりしている。それでも飛び込んだ。この中に敵、おそらくあわれなモリがいるのだ。3♂(モボ)の飛び込んだ前方が、ガサガサ動く。3♂は木に登り、上からにらみつけ、(Gao・・・)。2♂(アカキン)も木の上・・・」(1953年1月10日 8:20〜8:30)
一方、「性」よりも世間的に注目を浴びたのが「文化」です。とくに「イモ洗い」は、満1歳のメスのコドモ(“イモ”)が「はじめは砂浜を流れる小川で洗っていたが、やがて海の塩で洗うようになり、味付けをしているのだと言われるようになった」(左下写真)。イモ洗いはまずコドモと母親(“エバ”)に伝わりますが(右下図)、他のオトナはなかなか身に付きません。このように、イモ洗いははじめコドモを中心に“伝播”してから、メスのコドモたちが母に成長すると、その子に伝わっていく=“伝承”となる、という流れが想定かもしれません。
(左)イモ洗いをするサル。(右)1956年までの、幸島群の母系的血縁関係とイモ洗い行動の広がり。黄色はイモ洗いが観察された個体で、点線はイモからの伝播を推定。
こうして幸島の研究は軌道にのりますが、伊谷先生自身は、幸島にやや遅れて観光目的で餌付けされた、高崎山群へ転進することになります。
(以下、次号)
補遺:資料について
これまで資料の出展を明らかにしていませんでした。申し訳ありません。これらの資料は公刊された書籍と以下のデータに基づきます。また、資料をご提供いただいた各機関には、心から感謝いたします。
1.JMC(日本モンキーセンター)寄託の伊谷純一郎資料(ご遺族ならびにJMCの許可をいただいております)
(1)フィールドノート・記録カード
(2)カセットテープ・スライド・アルバム・ネガフィルム・CD-R・台紙貼り写真
(3)講演・書籍原稿
(4)書籍
(5)その他
2.京都大学人類進化論研究室関係の資料
(1)伊谷純一郎アーカイブス
(2)上原重男アーカイブス他
(3)その他
3.野外民族博物館リトルワールド
このほか、本展示までには、さらに多くの研究機関等からの資料提供いただく予定です。
編集・執筆:高畑由起夫
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