第6回 「高崎山(続き):音声コミュニケーションその他」

 今回は伊谷先生の初期の仕事から、ニホンザルの音声等を紹介しましょう。

 下は、1950年5月31日、高崎山で研究を始めたばかりの伊谷先生のノートで、記載は音声と食性、遊動が中心です。(G・G・G・G・G)や(å)、(ā)、(à)等は、耳で捉えた音声をなんとかして表記・記録化するための努力の結晶です。これをベースにした音声形式の分類と、発声の文脈を擦り合わせた音声コミュニケーションの研究で学位を取得します(「野生ニホンザルのコミュニケーションに関する研究」1962)。

 それでは、具体的にはどんな声か? 以下が分類表です。多様な声をいったん類型化して、分析対象にしようというわけです。

 Aグループ(感情的に平静な音声;coo-callに代表される呼び交わし)、Bグループ(防御的音声:いわゆる“キャッ、キャッ”という声)、Cグループ(攻撃的音声;Cグループといわばセットです)、Dグループ(警声)、Eグループ(発情したメスの音声)、そしてFグループ(アカンボウ・コドモに特有の音声)。このうちA〜Dグループが、オトナの個体が日常的に発する声なのですが、それを発声状況や文脈を絡めて、1対1間(=当然、ヒトの対話を意識したと思われます)vs.1対多間(不特定の相手に呼びかける声)、そして激しい感情表出(ケンカや警声等)vs.平静な表現かという二つの基準で、以下の4象限にまとめました

 伊谷先生は当然「ヒトの言語」の起源に関心をよせていたわけですが、結論として「(ヒトの)言語につながる可能性のあるものとして、muttering(ささやき)をあげたい。ニホンザルではきわめて少なく、あるいはきわめて未発達で、わずかにA-5、A-6を見るにすぎない。しかし、この音声は、1対1間のコミュニケーションに役立つものであり、しかも強い情緒をともなわない」「(これらの音声は)一般には、「あいさつ」「こび」「許しを求める」「相手の意を迎える」といった内容を持つ音声であるが、それと同時に「喜び」をあらわすという、彼らの音声のなかで非常に特異な、また、まれな意味とも関係があるということもとくに注意すべき点であろう」と指摘します。

 なお、音声は彼らの表情とも結びつきます。そのあたりは以下の写真を御参照下さい。

(a)感情的に平静な「呼び声」を発するオトナのメス、(b)防御的音声と、「泣きっ面」と呼ばれる劣位者の表情、(C)攻撃的な「咆え声」を発するオス(「ゴッ」「ガガッ」等)、(d)警声を発するオス、(e)発情時に特有の音声を発する若いメス


 伊谷先生が注目したもう一つの「重要な課題」はオスの父性行動とパーソナリティでした。「ニホンザルには父と子の認知はない。しかし、春から初夏にかけての出産季に、群れの大きなオスたちが、満1歳の子ザルを保護する行動がみられるのである。私は、この行動の分析とあわせて、パーソナリティの把握を試みたのである」(下写真)。

 のちに、ニューヨーク自然科学博物館に人類学者のマーガレット・ミード女史を訪ねた際、「サルは男性が育児を手伝わないからサルと人間は違う」という発言に対して、私たちはニホンザルの父性行動の例を示して反論し、女史が絶句したのを思い出す」(『サル・ヒト・アフリカ』48頁)。とはいえ、伊谷自身も認めているように、サルのパーソナリティの研究は至難の業であり、現在もさほど進んでいるとは言えません。

(次号に続く)

断章:フィールドでの武器について

 「私の最大の武器は、未知の世界に踏み込む足だったし、私の目的はポケットにしのばせた野帳に、私が観察した対象とそして自然について、ひたすら記述することだった。調査の器具は双眼鏡と小型カメラ、それとキャンプ用具だったが、それも軽いほどよかった。

 私は、1948年からはニホンザルの研究に、1958年からはゴリラの研究、ついでチンパンジーの研究に、さらに1970年ごろからは今日なおアフリカの自然に強く依存して生きる人々、焼畑農耕民トングウェ、狩猟採集民ムブティ・ピグミー、遊牧民トゥルカナなどの研究に取り組んだ。そのいずれもが、素晴らしい研究対象だった。若い人たちによく言ったものだ。本当に自分が尊敬できるような研究対象を選べと。人類社会形成の復元、そして人間性についてのあらゆる問題のルーツを探ること、それが私たちが取り組んできたテーマだった」

(『サル・ヒト・アフリカ』p.10-11)

編集・執筆:高畑由起夫


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