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解説:Nakagawa, N.: Indiscriminately response to infant calls in wild patas monkeys (Erythrocebus patas). Folia Primatologica., 1998, 69:93-99.
                                       

                                                               

(要旨)

 パタスの赤ん坊のdistress callを、血縁個体(母親ではなく祖母)と非血縁個体にプレイバックすると、強い反応が頻繁に観察され、しかもこうした反応の仕方に血縁・非血縁個体間で差が見られなかった。加えて、他群の赤ん坊をさらいその赤ん坊を多くの雌がアロマザリングし、授乳までする個体が見られたという事例や、パタスはアロマザリングすることと毛づくろいすることが交換されているという研究結果などから、パタスモンキーの非血縁個体によるアロマザリング行動の進化は、互恵的利他主義により説明しうるものではなく、父系の血縁選択で説明しうるのではないかという結論に達した。

(解説)

 正高信男(京都大学霊長類研究所)さんの切れ味鋭い音声研究に感銘し、その真似事でもやってみたいと思って試みたサイドワークの短報です。とは言いましても所詮シロウトのやることです。音声の血縁認知について単なるプレイバック実験で調べた月並みな研究ですし、音声の音響構造の解析も行っていません。ただ、本研究の結果で興味深いのは、かなり強い反応が高頻度で見られたという点です。具体的には、パタスの赤ん坊のdistress callを、血縁個体(母親ではなく祖母)と非血縁個体に聞かせると、音源に向かって走り寄ったり、音源の方を立ち上がって見たり、コンタクトコールで応えたりといった強い反応が結構見られ、しかもこうした反応の仕方に血縁・非血縁個体間で差が見られませんでした。このことに加え、他群の赤ん坊をさらいその赤ん坊を多くの雌がアロマザリングし、授乳までする個体が見られたという事例(Nakagawa, 1995)や、パタスはアロマザリングすることと毛づくろいすることが交換されているという室山泰之 (京都大学霊長類研究所)さんの研究結果などから、パタスモンキーの非血縁個体によるアロマザリング行動の進化は、互恵的利他主義により説明しうるものではなく、父系の血縁選択で説明しうるのではないかという結論に達しました。つまり、上述の非血縁個体というのはあくまでも母親の家系を通じては血縁関係にないという意味であり、単雄複雌群を形成するパタスでは母親は違っても同じ世代の個体は父親は同じであるということが起こりやすいという根拠によるものです。ただ、パタスはラングールなどの単雄複雌群と異なり群れの乗っ取りが起こった 場合乱婚的になったり、起こらない場合もスニーキングが起きているという同じチームの大沢秀行先生の結果(Ohsawa et al., 1993)と一致しない点が悩みの種です。こういう矛盾する報告もありますし、ちょっとしたプレイバック実験の結果の報告から議論を膨らませすぎのきらいがありますが、私のこの仮説を証明することを目的にした別のデータも収集していますので、今後をご期待下さい(ただし、いまだ未分析)。