解説:Nakagawa, N.: Differential habitat utilization by Patas monkeys (Etythrocebus patas) and Tantalus monkeys (Cercopithecus aethiops tantalus), living sympatrically in northern Cameroon. American Journal of Primatology, 1999, 49:243-264.
|
(要旨) タンタルスモンキー(サバンナモンキーの1亜種)は隣接群と重複を避ける形で川辺林を中心に狭い遊動域を構え、その川辺林を好んで利用するのに対し、パタスは草本の優占するグラスランドをかなりの程度含む広い遊動域を隣接群と大きく重複する形で構え、季節によっては(雨季)そのグラスランドを好んで利用する場合すらある。Isbell et al. (1998)は、パタスが体を大きくする以上に四肢を長くすることにより、短時間で長距離を移動するように適応したサルで、そのため昆虫のような小さなパッチを形成し分散した食物に依存するようになり長距離をそして広い範囲を移動するようになったと考えた。しかし、本研究では、パタスの高い移動能力は、川辺林から遠く離れた大きな食物パッチを利用することを可能にしたことも重要で、そこに至る間のグラスランドで分散した昆虫という食物を利用する上での有利性とが相補的に働いて、パタスを川辺林から離れる生活を可能ならしめたと考えた。
(解説) 本編ならびにNakagawa(2000)は、博士後期課程の研究テーマ「パタスモンキーとサバンナモンキーの比較生態学的研究」の基礎研究編というべきもので、本来はD論の一部を構成する予定だった論文です(ちなみに、D論は主に修士課程でデータを収集した「ニホンザルの採食戦略」です)。テーマ設定当時は、定量的なデータに基づいたパタスの生態学的研究がほとんどなく、また同所的に生息するサバンナモンキーと同じ手法で収集したデータに基づいた比較研究に至っては皆無で、少なくともその意味で独創的な研究となるはずでした。しかし、データ収集から10年以上も経過し、半ば陳腐化してしまった感は否めません。といいますのも、1993年から調査を開始したUC, DavisのLynne Isbell氏が私のテーマと類似の論文を1998年頃から続々と発表してしまったからです。ただもちろん、Isbell氏の一連の論文が扱っていないデータも多くありますから、新しい発見も含んでいます。 タイトル通り、土地利用の種間比較研究です。要約の冒頭で書いた結果はそのものは「そんなこと今さら言われなくても知っているわ」とお叱りの言葉を頂戴しても返す言葉もない周知の事実ですが、異なる生息地においてそれぞれ1種を対象とした研究でなく、同所的に生息する地域で2種をほぼ同じ季節に同じ手法で集めた量的データに基づいた研究としては初めての研究だと言うことだけはご理解頂ければ幸いです。なんとも情けない言い訳ですが、討論には全く新しい主張が含まれています。群れ重量当たりに換算すれば、1日の移動距離も遊動域の大きさも格段にパタスで大きな値を示すのですが、それはパタスがグラスランドという質の低いと考えられる植生タイプを利用するためと考えられます。では、なぜパタスはわざわざ質の低いグラスランドを利用するのでしょうか?単純にタンタルスとの種間競争に敗れた結果だと考えていいのでしょうか?体の大きなパタスがタンタルスに敗れることは考え難いですし、いくら体が大きなパタスでも小さな群れを作れば、タンタルスのように川辺林に張り付いて生活できるはずです。Isbell の主張するところでは、パタスは体を大きくする以上に四肢を長くすることにより、短時間で長距離を移動するように適応したサルで、そのため昆虫のような小さなパッチを形成し分散した食物に依存するようになり長距離をそして広い範囲を移動するようになったというのです。この主張には私も賛同しますが、パタスの高い移動能力は、川辺林から遠く離れた大きな食物パッチを利用することを可能にしたことも重要で、そこに至る間のグラスランドで分散した昆虫という食物を利用する上での有利性とが相補的に働いて、パタスを川辺林から離れる生活を可能ならしめたと考えています。
|