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解説:髭夏代・工藤史穂・中川尚史.飼育下のチンパンジーの挨拶行動:親密度と離別時間の影響.霊長類研究,2003,19:9-16.
                                       

                                                               

(要旨と解説)

Okamoto et al.(2001)は、京都大学霊長類研究所で飼育されている天才アイら7人のチンパンジーを対象に、夜間の居室が異なる個体間では、居室が同じ個体間に比べて、親和的行動の頻度が有意に高いことを示しました。さらに、同じ居室に入る個体を入れ替えるという操作を行うことにより、個体間の親密度の違いの影響を排除し、純粋に「離れていること」が彼らの親和的行動の頻度を高め、まさしく「挨拶行動」と呼ぶにふさわしい行動がチンパンジーには存在することを実証しました。本研究は夜間居室の異なる個体と同じ個体の親和的行動の頻度を比べることにより「離れていること」の影響を調べた点では、Okamoto et al.(2001)の追試に過ぎません。ですが、調査対象とした神戸市立王子動物園のチンパンジーでは、同じ居室に入る個体を入れ替えるという操作をすることは不可能だったことを逆手にとって、個体間の親密度の違いの影響を同時に調べたところが違います。そしてさらにユニークなのは、メスが発情した場合などに日中になっても居室から出さないことがあるのを利用して、離別時間の長さの影響を調べることができた点です。残念ながら、離別時間の長さが親和的行動の頻度に及ぼす影響は出ませんでしたが、残りのふたつの要因についてはきれいな結果が出たのです。居室の異同(同居室1、異居室2)と近接度得点(親密度の指標)を独立変数、親和的行動の頻度を従属変数として重回帰分析を行ったところ、有意な回帰式、有意な回帰係数が得られた上に、いずれの独立変数の回帰係数の符号も正になりました。さらに、標準回帰係数は前者の変数の方が高かったことを考慮すると、チンパンジーの親和的行動の頻度を高めるのは、まず「離れていること」であり、次に親密度の高さであることが明らかになったわけです。

本稿は、私にとって幾つもの点で「初物」です。第1に類人猿が対象であること、第2に飼育下の動物が対象であること、そして何よりも第3に公式に研究指導した学生の論文であることです。前任校は教養系短大で卒業研究そのものがありませんでした。現在所属している看護大学では私のようないわゆる一般教養の教員も研究演習という名の卒業研究のような科目を担当することになりました。しかし、新設で赴任しましたから最初の3年は4年生はいませんし、4年生が出るようになっても研究演習で動物の行動観察をしてみようという学生はそうそういるわけではありません。ですから、本稿の第1、第2著者はかなり稀有な存在です。彼女らは、本当に忙しい授業の合間を縫って観察に通い、それなりの量のデータを集めてきました。実は彼女ら以前にひとりやはり変わり者の先輩がおり、彼女もかなり頑張ってデータをとったのですが、いかんせんひとりでデータを集めねばならなかったことに加えテーマがやや込み入っていたため、私の力不もあり印刷まではいきませんでした。ですが、今回はなんとか印刷までもっていくことができたのです。最後に、絶対どこかから「ぱくって」きたやろと彼女らを追求したほど良く書けていると思った、討論中の一文を紹介しておきます。「チンパンジーの挨拶行動は、それを交わす個体間で新しい親密な関係を気づくためではなく、その焦点はこれまでの関係にあり、何らかの要因によってその関係が危うくなった時に挨拶を頻繁に交わすことによりその関係を修復するために行う。言い換えれば、その関係が安定していれば、もしくは個体間に親密な関係がかければ頻繁に挨拶行動を交わす必要がないのである」。どうですか。ほとんど霊長類について講義でもほとんど聞いたこともないシロウトである大学4年生が書いたにしては、非常によく書けているを思いませんか?

 

 

Copyright (C) 2003 中川尚史サル学研究室
最終更新日 : 2007/08/21