ホーム 上へ コンテンツ

解説:Nakagawa, N.: Foraging energetics in Patas monkeys (Etythrocebus patas) and Tantalus monkeys (Cercopithecus aethiops tantalus): Implications for reproductive seasonality. American Journal of Primatology, 2000, 52:169-185.
                                       

                                                               

(要旨)

 カメルーン・カラマルエ国立公園のパタスモンキーは乾季半ばに出産するが、それと同所的に生息する近縁種タンタルスモンキーは、他のオナガザル同様雨季に出産する。しかし、1)パタス、タンタルスともに、出産季は交尾季に比べエネルギー摂取量、蛋白質摂取量が多いが、エネルギー消費量は両季節で変化なかった。つまり、エネルギー消費量を増やすことなく、エネルギーや蛋白質の摂取量を増やすことのできる季節に出産していたことが分かった。2)また、森林性のものも含め多くのグエノンが雨季出産である中で、なぜパタスが乾季の真っ只中で栄養条件がよいのかと言えば、蛋白質含有量の高いAcacia seyalの豆とカロリー含有量の高いAcacia sieberianaの樹脂の採食量が雨季に比べ、また乾季のタンタルスに比べ高いためであり、加えて、蛋白質含有量の高いバッタなどの昆虫の採食量は、雨季と同程度に維持され、乾季中期のタンタルスに比べ高いためであった。3)では、なぜこれらの栄養価の高い食物をタンタルスがこの季節あまり利用しないのかと言えば、A. seyalの純林やA. sieberinanaの大木、そしてバッタなどの昆虫は、タンタルスの遊動域である川辺林から離れたところにあるためであった。Isbellら(Isbell et al., 1998a,b; Isbell, 1998)が指摘した通り、パタスはストライドを長くすることにより、短時間で長距離を移動することが可能になり、小さなパッチが分散して分布する昆虫のような食物に適応したことも重要だが、こうした高い移動能力がA. seyalA. sieberianaのような川辺林から遠く離れた大きなパッチを利用することを可能にしたことも併せて重要で(Nakagawa, 1999を参照)、このことがパタスの乾季出産を可能にしたと考えられた。

(解説)

 大学院の博士後期課程の研究テーマとして大沢秀行先生(京都大学霊長類研究所)から与えて頂いた「カメルーンのカラマルエに同所的に生息し、系統的にも近縁なパタスモンキーとタンタルスモンキー(サバンナモンキーの1亜種)の交尾季と出産季が完全に逆転していることの究極要因を解明する」ことを目的にした研究です。ですから、本来は学位論文の柱となるはずだった研究なのですが、ニホンザルの採食生態をテーマとした研究で学位を取得したことに加え、テーマとそのアプローチの方法に絶対的な自信があったために当面オリジナリティーが脅かされる恐れはないだろうとの見込みから、分析さえ後回しにしてきたものです。さらに言えば、論文完成後もPrimatology専門誌以外のJournalへの投稿と、(そして残念なことに)rejectを繰り返し、結局はAJP誌にacceptableを取り付けたもののeditorを含めなんと6名からの膨大な量のコメントに回答せねばならず、その結果、データを収集し終えてからなんと103ヶ月が経過しての発表になってしまった次第です。

テーマ設定時、野生パタスの継続調査は、ケニアのLaikipiaUC, BerkleyJanice Chismさんを中心としたチームが精力的に行っていましたが、彼女らは採食生態にはあまり関心がなかったらしく、また同所的に住むサバンナモンキー(ベルベット)については比較データをとっていませんでした。このことが、前述の自信の裏付けのひとつだったのですが、1993年から同じLaikipiaで、UC, DavisLynne Isbellさんらが両種の比較社会生態学的研究を開始し、1998年頃から論文を量産し始めました。これに気づいた時はすでに遅く、私の研究の基礎的なところのオリジナリティーは少なからず失われてしまったのですが、本テーマと栄養摂取量の推定に基づくというそのアプローチのオリジナリティーは、失われずに済んでいます。