中川尚史中川尚史 “ふつう”のサル(の)学研究室

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解説:Nakagawa, N.: Despotic wild patas monkeys (Erythrocebus patas) in Kala Maloue, Cameroon. American Journal of Primatology, 2009, 50: 131-141.

(要旨と解説)

 パタスモンキーは、Sterk et al. (1997)により、雌間の順位序列から平等主義者(Egalitarian)と見なされてきました。そんな中、Isbell&Prutez(1998)とPrutez&Isbell (2000)は、ケニア・ライキピアに生息するヒガシアフリカパタス(Erythrocebus patas pyrrhonotus)、および同所的に生息する近縁種のサバンナモンキーの1亜種ベルベットモンキー(Cercopithecus aethiops pygerythrus)において雌間の敵対的交渉を調べ、従来言われていたとおり、前者は平等主義者、後者は専制主義者と結論づけました。Nakagawa (1992)では、カメルーン・カラマルエの野生パタスでは、雌間に直線的順位序列があることは自明のものとして、それがグルーミングなど親和的行動に影響を及ぼしていることを報告していましたが、Isbell&Prutez(1998)は、それを餌付けの影響 、つまり高質の食物が集中分布し敵対的交渉が高頻度で起こるためであると片付けました。確かにカラマルエではパタスの餌付けをしていますが、それは調査初期を除き、断続的に行なわれた各調査期間のはじめに限られています。Isbellさんには国際霊長類学会で会った際に、一言文句を言っておきましたが、やはり論文で書いておかないとこのままではカラマルエのパタスが専制的なのは餌付けのせいと皆が信じてしまうと考え、古いデータを再度、起こして書いたのが本論文です。

 本稿では、Isbellさんらと同様、カラマルエに同所的に住む近縁の2種の霊長類、ニシアフリカパタス(E.patas patas)とタンタルスモンキー(C. aethipos tantalus)の雌における食物を巡る敵対的交渉を調べました。その結果、後者のみならず前者でも、雌間に直線的な順位序列が見られ、さらに敵対的交渉の頻度に2種間で有意差はありませんでした。また、敵対的交渉の頻度をケニアのそれぞれの種と比較すると、いずれも有意に高い値を示しました。さらには、同様の比較研究からそれぞれ専制主義者、平等主義者と見なされているリスザル2種、サバンナヒヒ2種の値とも比べてみたところ、カラマルエの2種の値は平等主義者のリスザル、およびサバンナヒヒに比べて、格段に高い値を示しました。以上のころから、カラマルエではタンタルスモンキーのみならず、パタスも専制主義者であると結論づけることができました。では、カラマルエのパタスの専制主義は、Isbellさんの言うとおり、餌付けによるものでしょうか?答えはもちろんNOで、データ・サンプリング中に人工餌はいっさい食べられていず、自然の餌の質と分布様式に拠っていることが明らかになりました。ライキピアのパタスは、平均樹高1.2mと小さく、1ヘクタール当たり1,335本もの高密度で生育するAcacia drepanolobiumの共生アリや樹脂など全採食時間の54%をその産物に依存するため、群れメンバーが1頭ずつ分散して採食するため敵対的交渉が起こらないのです。それに対し、カラマルエのパタスでは、その採食時間割合から期待されるより高頻度で敵対的交渉が起きていた食物品目に目を向けると、Acacia drepanolobiumに比べ、樹高が高く、生育密度は低い果実であり、それらだけで全採食時間割合の18%を占めており、群れメンバーが集まって採食するために敵対的交渉の生起頻度が高いのでした。

 本稿は、同一種内の個体群間で雌の順位序列様式という社会構造に違いを見出した2例目の研究で、今後同様の研究がなされることにより、種内の社会構造の頑強性と融通性が明らかになることが期待されます。

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