社会生態学的研究
|
下線部をクリックすれば、当該論文の詳細情報がご覧になれます。 対象:ニホンザル(Macaca fuscata) 北の冷温帯落葉樹林に覆われる金華山島と南の亜熱帯性樹種も混じる暖温帯常緑樹林に覆われる屋久島西部林道域という植生の大きく異なる地域に住むニホンザルを材料に、活動時間配分と食物タイプ毎の採食時間の季節比較、地域比較を行った。活動時間の季節比較においては、日長時間と採食時間を独立変数、移動時間、休息時間、そして毛繕い時間をそれぞれ従属変数とみなした重回帰分析法も用いて分析したところ、いずれの地域とも、日長時間が長い月ほど、また採食時間が短い月ほど、移動時間と休息時間は長くなるという結果が得られた。ところが、毛繕い時間は、屋久島においては採食時間と弱い負の相関が認められる点を除き、おおむね採食時間、日長時間との相関は認められなかった。他方、月毎の各食物タイプの採食時間と、月毎の総採食時間や移動時間との相関関係を調べたところ、いずれの地域においても、総採食時間と正の相関を示すが移動時間とは負の相関を示す食物タイプ(果実や昆虫、金華山の若葉)と、逆に前者とは負の相関を示すが後者とは正の相関を示す食物タイプ(屋久島の落果種子、成熟葉、および若葉、金華山の冬芽、樹皮および草本類)に分けられた。これは、前者の食物が栄養摂取速度が高いが密度が低いためであり、後者の食物はその逆であるためと推測された。つまり、栄養学的な質と分布密度が異なる食物タイプのうち、どの食物に多くを依存するかにより、全体として採食時間が長くなるが移動時間が短くなるか、逆に採食時間が短くなるが移動時間が長くなるかが決まるが、毛繕い時間はそうした生態学的な要因によっては決まっていないことが分かった。他方、地域比較からは、食物の栄養摂取速度の低さと気温の低さのために金華山のサルは屋久島のサルに比べて採食時間が長く、そのため毛繕い時間が短く制限を受け、群れの凝集性の低さに反映されている可能性が示唆された(Agetsuma & Nakagawa, 1998)。また、両地域間の一連の比較研究から得られた結果の相互の連関を、社会生態学的観点から整理した(Nakagawa, 1998)。ニホンザルの同心円二重構造モデルの妥当性を、やはり社会生態学的観点から再考した(中川、2000)。 なお、霊長類社会生態学の最新の成果のレビューも行っている(中川、1999;中川・岡本,2003)。 対象:パタスモンキー(Erythrocebus patas)とタンタルスモンキー(Cercopithecus aethiops tantalus) パタスモンキーは、Sterk et al. (1997)により、雌間の順位序列から平等主義者(Egalitarian)と見なされてきた。そんな中、Isbell&Prutez(1998)とPrutez&Isbell (2000)は、ケニア・ライキピアに生息するヒガシアフリカパタス(Erythrocebus patas pyrrhonotus)、および同所的に生息する近縁種のサバンナモンキーの1亜種ベルベットモンキー(Cercopithecus aethiops pygerythrus)において雌間の敵対的交渉を調べ、従来言われていたとおり、前者は平等主義者、後者は専制主義者と結論づけた。Nakagawa (1992)では、カメルーン・カラマルエの野生パタスでは、雌間に直線的順位序列があることは自明のものとして、それがグルーミングなど親和的行動に影響を及ぼしていることを報告していたが、Isbell&Prutez(1998)は、それを餌付けの影響と片付けた。そこで、カラマルエのパタスが専制的なのは餌付けの栄養ではなく、自然の食物の質と分布様式によることを明らかにすべくデータの再分析を行なった。カメルーン・カラマルエに同所的に住む近縁の2種の霊長類、ニシアフリカパタスモンキー(E.patas patas)とサバンナモンキーの1亜種であるタンタルスモンキー(C. aethipos tantalus)の雌における食物を巡る敵対的交渉を調べた。その結果、後者のみならず前者でも、雌間に直線的な順位序列が見られ、さらに敵対的交渉の頻度に2種間で有意差は認められなかった。また、敵対的交渉の頻度をライキピアのそれぞれの亜種、ヒガシアフリカパタス、およびベルベットモンキーと比較すると、いずれも有意に高い値を示しました。さらには、同様の比較研究からそれぞれ専制主義者、平等主義者と見なされているリスザル2種、サバンナヒヒ2種の値とも比べてみたところ、カラマルエの2種の値は平等主義者のリスザル、およびサバンナヒヒに比べて、格段に高い値を示した。以上のことから、カラマルエではタンタルスモンキーのみならず、パタスも専制主義者であると結論づけることができた。さらに、カラマルエのパタスが専制主義なのは餌付けではなく自然の餌の質と分布様式に拠っていることが明らかになった。ライキピアのパタスは、平均樹高1.2mと小さく、1ヘクタール当たり1,335本もの高密度で生育するAcacia drepanolobiumの共生アリや樹脂など全採食時間の54%をその産物に依存するため、群れメンバーが1頭ずつ分散して採食するため敵対的交渉が起こらない。それに対し、カラマルエのパタスでは、その採食時間割合から期待されるより高頻度で敵対的交渉が起きていた食物品目に目を向けると、Acacia drepanolobiumに比べ、樹高が高く、生育密度は低い果実であり、それらだけで全採食時間割合の18%を占めており、群れメンバーが集まって採食するために敵対的交渉の生起頻度が高かった。本稿は、同一種内の個体群間で雌の順位序列様式という社会構造に違いを見出した2例目の研究で、今後同様の研究がなされることにより、種内の社会構造の頑強性と融通性が明らかになることが期待される(Nakagawa,2008)(中川、2007) 総説霊長類で認められる雌雄の友達関係に関する知見をその進化的意義に着目して整理し,社会生態学的な視点で概ね理解可能であることを示す一方で,ヤクシマザルで観察された雌雄の過去に友達関係にあったと思われた個体間の稀に起きた社会交渉事例については,社会生態学的には説明が困難なことからその学問の限界を示した(中川,2008)。 |
Copyright (C) 2003
中川尚史サル学研究室
|