中川尚史中川尚史 “ふつう”のサル(の)学研究室

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解説:Nakagawa, N.: Difference in food selection between patas monkeys (Etythrocebus patas) and Tantalus monkeys (Cercopithecus aethiops tantalus) in Kala Maloue National Park, Cameroon, in relation to nutrient content. Primates, 2003, 44:3-11.

(要旨と解説)

 日本生態学会誌(中川、1996)などで霊長類の食物選択研究をレビューしてきましたが、厳密な意味ではニホンザル研究をあわせても自身としては初めての食物選択研究です。カメルーン・カラマルエに同所的に生息するパタスモンキーと近縁種タンタルスモンキーの比較生態学的研究から、1)タンタルスが川辺林に狭い遊動域を構えるのに対し、パタスは川辺林も利用するがそこから遠く離れてオープンランドも含めた場所に広い遊動域を構える(Nakagawa, 1999)、2)タンタルスは森林性グエノンと同様、雨季出産であるのに対し、パタスは乾季出産であり、それはAcacia seyalに代表されるように、川辺林から離れた場所に栄養学的に質が高くかつ大きなパッチを形成し、乾季に利用可能となる食物の影響が大きいこと(Nakagawa, 2000)、そして3)Isbellさんら(Isbell et al., 1998a,b; Isbell, 1998)が指摘した通り、パタスはストライドを長くすることにより、短時間で長距離を移動することが可能になり、小さなパッチが分散して分布する昆虫のような食物に適応したことも重要ですが、こうした高い移動能力がA. seyalA. sieberianaのような川辺林から遠く離れた質の高い大きなパッチを利用することを可能にしたことも併せて重要で、このことがパタスの乾季出産を可能にした(Nakagawa, 1999, 2000)ことなどを明らかにしてきました。

 しかしながら、パタスがタンタルスに比べて全体として質の高い食物に依存しているかは明らかにしてきませんでした。Jarman-Bell原理に従えば、一般に体の大きなパタスはむしろ質の低い食物に依存していると予測できますが、現実にはやはり逆で、パタスの方が質の高い食物をより選択的に利用し、その結果メニューの幅が狭いことが本研究で分かりました。そして、こうした選択的な利用を可能にしているのが、前述したパタスの高い移動能力のためであると結論づけました。実は、Isbell(1998)がすでにケニア・ライキピアのパタスがその体の大きさにも関わらず昆虫への依存度が非常に高いことから、Jarman-Bell原理には合わないことを報告しています。しかし、彼女はこの原理の背景にある「昆虫のような質の高い食物は数が少ない」という仮定がライキピアのパタスには当てはまらないことをその理由に挙げています(ライキピアのパタスの主食は昆虫といっても社会性アリで大量に存在する)。それに対し、本研究ではカラマルエのパタスではこの仮定そのものはおそらく誤りではなく、原理とは異なる結果を招いた理由を移動能力の違いに求めた点が大きく異なります。

 さて、問題は2種が利用する食物の質の違いをどのように示すかです。単純に考えれば、2種の利用する食物の蛋白質、糖質、粗繊維などの含有量を比較すれば済む話のように見えますが、食物タイプによってその期待される栄養素は異なります。これまでの食物選択研究から葉については「蛋白質/粗繊維」比が、果実については糖質(ready energy)含有量が重要であることが分かっています。そこで、次に考えられるのが、食物タイプ別にそれぞれの尺度で質を比較することです。しかし、葉にも当然energyは含まれますし、果実にも若干ながら蛋白質も含まれます。また、前述の通りキーになるのはアカシアの豆ですが、豆には蛋白質が多く含まれます。そこで、すべての食物タイプを含めて質の違いを明らかにする目的で、「蛋白質/粗繊維」と可消化エネルギー含有量というふたつの変数を同時に含めて、総合的に質の違いを評価する尺度を作れないかと考えました。具体的には、このふたつの変数を独立変数として、パタスの食物とタンタルスだけが利用する食物の判別分析を行いました(タンタルスのほうがメニューの幅が広く、パタスだけが利用する食物はほとんどありませんので)。すると、前者の質が高いことを表す判別式が得られ、しかもうまいことにいずれの変数の係数も+、つまり予測どおりそれぞれの変数が高いほうが質が高いことを表す式となりました。実はこの判別分析の手法は、ヒヒという単一種の食物と非食物を区別する指標を探る研究(Whiten et al., 1992)にヒントを得ましたが、この手法を2種間の食物の違いを区別するのに適用したわけです。

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