中川尚史中川尚史 “ふつう”のサル(の)学研究室

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解説:Nakagawa, N.; Ohsawa, H.; Muroyama Y. Life history parameters of a wild group of West African patas monkeys (Erythrocebus patas patas). Primates, 2003,44:281-290.

(要旨と解説)

 Rowell & Richards (1979)は、飼育下のパタスが近縁のグエノンに比べて初産が早く、出産間隔も短いことからr戦略者と位置づけました。さらに、初産年齢については野生パタスでも同様の結果が報告され、もはやそれは自明のこととなっていました(Chism et al 1984)。しかし、その後、r/K戦略という伝統的な分類(Pianka, 1970)は生活史進化の理解には至らないという考えが主流となったようです。そして、その代わりに登場したモデルのひとつが、Charnov (1991)のモデルです。この理論モデルでは、オトナ死亡率の高さこそが早い初産年齢と短い出産間隔を進化させるとしています。そして、このモデルは、哺乳類(Purvis & Harvey, 1995)だけでなく、霊長類(Ross & Jones, 1999)でも検証され、概ね支持する結果が得られています。

 本稿の意義のひとつめは、野生パタスの出産間隔、オトナ死亡率、幼児死亡率のデータをはじめて提示したことでしょう。野生パタスの人口学的データは、カメルーン国・カラマルエのわれわれのグループとケニア国・ライキピアのIsbellさんらのグループがそれぞれ期を同じくして口頭発表を繰り返していたため、われわれとしては意識して早く論文に仕上げ、なんとか先を越すことができたようです。ふたつめの意義は、上述した最近の生活史進化理論モデルであるCharnov (1991)のモデルの中にそのデータを位置づけたことです。実際に得られた値は、平均初産月例37.1ヶ月、平均出産間隔14.4ヶ月、オトナメス死亡率22%、幼児死亡率37%。近縁のグエノン野生群の値と比較したところ、パタスは大型であるにも関わらず、初産年齢は低く、出産間隔は短く、いずれの死亡率もかなり高い値となり、モデルの予測にぴったりと一致する結果になりました。

 しかし、個人的に意義が高いと自負しているのは討論の最後で触れた次の点の指摘にあると考えています。一般に霊長類では、野生群は飼育群、あるいは餌付け群に比べて初産年齢は遅く、出産間隔は長くなることが知られています。これは、野生群では栄養状態が悪いため、繁殖へのエネルギー投資を控える結果だと考えられています。他方、出産率や赤ん坊死亡率は、初産メスは経産メスに比べて高い傾向が一般に知られています。これは、初産メスは繁殖よりも成長へのエネルギー投資を優先させることがその一因であると考えられています。ところが、本研究により次の4つの繁殖上の特徴が明らかになったのです。第1に、初産年齢は野生群と飼育群で差がないこと。第2に、出産間隔も野生群と飼育群で差がないこと。第3に、出産率が初産齢(3歳)メスと経産齢(4歳以上)メスで差がないこと。第4に、赤ん坊死亡率も初産メスと経産メスで差がない。つまり、パタスは栄養状態が多少低くても、あるいは成長期であっても、成長を多少抑えてでも繁殖へのエネルギー投資を優先させている可能性を示唆しているのではないだろかと考えました。

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