中川尚史中川尚史 “ふつう”のサル(の)学研究室

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解説:Nakagawa, N.: The scaling of feeding rate in wild primates: a preliminary analysis. Mammal Study, 2008, 34: 151-162.

(要旨)

 本稿の英文サマリーを中川が和訳したものを以下にしるす。

 Shipley et al. (1994)は,哺乳類(主には有蹄類)の最大採食速度が,大部分形態的な要因,究極的には体の大きさによって決定されていることを,理論的,経験的に実証した。本稿では,発表済みの文献からの値を用いて,野生霊長類における体の大きさと採食速度の2種の指標,1)最大,および2)平均の採食速度のスケーリングを行った。正確に言えば,それぞれの霊長類種ごとに採食する品目毎の採食速度(単位時間当たりに摂取する食物の乾燥重量(g/分))の平均値を文献から入手し,すべての採食品目のうちの最大値と平均値である。最大採食速度は,体重の0.9~1.0乗に比例し,体重は最大採食速度の57~71%を説明する結果となった。Shipley et al. (1991)が得た回帰直線と比べれば,霊長類は体重のわりに高い最大採食速度を示し,これは,霊長類が繊維含有量が低く処理に時間がかからない果実に依存するためだと考えられた。さらに,平均採食速度は,体重の0.5~0.7乗に比例し,体重は最大採食速度の34~40%を説明する結果となった。こうした平均採食速度が体重に依存して決定されるという結果は,体の小ささにより形態的な制約が影響するだけでなく,大型の霊長類が高い採食速度を持つ食物を積極的に選んだ結果だと考えられた。

(解説)

 本稿は,拙著『食べる速さの生態学ーサルたちの採食戦略』を執筆する過程で,出会った哺乳類,多くは有蹄類の採食速度と体の大きさの関係を調べたShipley et al. (1994)の霊長類版の側面がある。”側面”と書いたのにはもちろん訳がある。その緻密さ,完成度ではまったく叶わず,ウリはShipley et al. (1994)では数種しか含まれていなかった霊長類に絞って分析した点と,もう少しマシな点としては結果として異なるY切片を持つ回帰式が得られた点であるが,それは最大採食速度のみに当てはまることであり,平均採食速度は独自の分析である。
 最大採食速度については,体の大きさからくる臼歯のサイズや口の大きさなどを最大限利用すれば,大きな霊長類種のほうが速く食べれるという結果が出て,ある意味当たり前と予測できたが,平均採食速度が体重と相関する結果が得られるとは,さほど期待していなかった。体の大きさを発揮できない小さな食物はいくらでもあり,大なり小なりそれらにも依存していると考えたからである。しかし,実際には体の大きな霊長類ほど平均採食速度が高かったのである。この結果を,私は体の大きな霊長類が速度の高い食物を選択的に利用していることの反映と解釈したのである。厳密には,潜在的には同じ食物を利用できる同所性の体の大きさの異なる霊長類で検証する必要があるが,ラフな話としては如何だろうか?
 私は,霊長類では食物の選択性が含有量一辺倒で議論されてきたことに疑問を呈し,採食速度の重要性も再考すべきことを以前から主張してきた(中川,1996)。中川(1996)では,採食樹の探索時間も時間に含めれば採食速度が選択の基準のひとつとなっている可能性を,さまざまな文献を渉猟することで実証した。本稿では,探索時間を含めなくても,採食速度が基準となる可能性を示したという意味で,”採食速度”を自身の研究の最大のツールとしてきた私にとっては,実にうれしい結果となった。

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