中川尚史中川尚史 “ふつう”のサル(の)学研究室

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解説:Nakagawa, N., Matsubara, M., Shimooka, Y., Nishikawa, M.: Embracing in a wild group of Yakushima Macaques (Macaca fuscata yakui) as an example of social customs. Current Anthropology, 2015, 56: 104-111.

(要旨)

 本稿の英文サマリーを中川が和訳したものを以下にしるす。

 近年、数名の霊長類学者がヒトの文化では重要であるにも関わらず無視されてきた社会的慣習の研究を始めつつある。われわれは、屋久島の野生ニホンザル群のオトナメスを対象にした543.8時間の個体追跡中に64回の抱擁行動を観察し、その結果を金華山の結果と比較した。抱擁は、ストレスフルな状況と考えられるグルーミングの中断、攻撃、敵対的交渉の頻繁に起こる個体同士の接近、それぞれの直後に起こった。それゆえ屋久島の抱擁は、金華山の場合と同様、ストレスを軽減する機能があるのかもしれない。こうした機能上の類似性と対照的に、抱擁の型に金華山と微妙な差異が認められた。第一に、屋久島では金華山でみられる対面のみならず、体側、さらには背側からの抱擁が認められた。第二に、金華山のような体を大きく揺する行動はないかわりに、相手の毛を握ったり、離したりといった掌の開閉動作が認められた。こうした型の微妙な差異は、遺伝子や環境の差異では説明がつきそうにないので、文化的差異であり、野生ニホンザルにおいて初めての社会的慣習かもしれない。

(解説)

 2005年9月、大勢の研究者の協力を得て、性行動の調査を私の指導院生であった西川真理さんの屋久島の調査群で始めた時、彼女から聞いていたとおり、以前にはやらないと聞いていた抱擁行動を屋久島のサルがやるのを初めてみて、この行動の金華山との地域間比較研究をサイドワークとしてデータを収集した。当時、同じ研究室だった中村美知夫さん(現在、京大野生動物研究センター)が、対角毛づくろいやソーシャルスクラッチを材料にチンパンジーの社会的慣習の研究を精力的に行っていたことの影響を受け、地域変異を文化変異として位置づけられそうだということで、その方向でまとめることにした。金華山のデータは共著者のひとり下岡ゆき子さんのものを用いることにしていたので、彼女の抱擁行動の機能を明らかにした論文(Shimooka & Nakagawa, 2014)をまず仕上げる必要があったが思うように進まず、痺れをきらして先の論文を準備中のまま本論文を投稿したが、論文が準備中では引用しているデータや議論の信ぴょう性が判断できないという理由で、いったんCurrent Anthropology誌にリジェクトになった経緯がある。しかし、中村さんの対角毛づくろいの論文はじめ野生霊長類の社会的慣習の研究がいくつかこの雑誌に掲載されていたこともあり、どうしても同誌に載せたくて、Shimooka & Nakagawa (2014)が受理された後、再度投稿した。すると一転して修正点はあったものの一度目でほぼ掲載決定の通知が来た。ただ正確に言えば、少し私からすれば奇妙な流れであった。というのもそれなりの修正点があったので、改稿原稿を提出したのだが、その後いつまでたっても受理通知が来ず、そのわりに電子付録の映像の画質を上げろとかいう連絡が来たので、ついでに尋ねてみると、じつはすでに受理になっていたということであった。Current Anthropology誌の原著論文には、数名のコメントとそれに対する著者からのリプライも同時に掲載されるので、ひょっとしたらすべてそろってから受理になるのかとも思って、ひょっとするとコメンテーターからのコメント原稿を集めるのに時間がかかっているのかとも勘ぐっていたがそうではなかった。常識的にコメンテータにまわるのは受理後だったようだが、さてそのコメンテーターからのコメントも英文誌では初めての経験だったので正直ドキドキだった。一度目に投稿した時の査読者のひとりは、社会的伝達が証明されていないので文化などとはいえないという、たいへんごもっともなだけに、これを言われたらなんの返答もできないようなコメントがあったらどうしようと思っていた。しかし今回は、みなさん基本好意的なコメントを寄せてくださったのでなんとかリプライできた(ように思う)。いい経験をさせていただいた。  

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