中川尚史中川尚史 “ふつう”のサル(の)学研究室

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解説:Nakagawa N, Nakamichi M, and Sugiura H (eds). 2010. The Japanese Macaques, Springer, Tokyo, 402pp (+ xxxiv)

(背景)

 1948年12月3日のニホンザル研究の幕開け以降60年を越えるその歴史の中で、日本人研究者は欧米に先駆けて霊長類学専門学術雑誌Primatesを発刊し、本誌を中心に数々のニホンザルに関する業績を欧文の学術雑誌に発表してきました。それと同時に、霊長類の野外研究者にとってバイブルともいえる『高崎山のサル』(伊谷純一郎著)、『ニホンザルの生態』(河合雅雄緒)はじめ、多くの日本語の書籍を著わすことにより、一般の人々への啓蒙活動も怠りませんでした。ところが、実に不思議なことですが、ニホンザルに関する研究の英語本はこれまで著わしてこなかったのです。外国人が編集した"A study of roles in the Arashiyama West troop of Japanese monkeys (Macaca fuscata)"(ed. Fedigan LM)(1976年刊)、"The monkeys of Arashiyama : thirty-five years of research in Japan and the West (eds: Fedigan LM, Asquith PJ)(1991年刊)は、嵐山のサルに焦点を当てたものでしたし、相見満さんが共著者に加わった"Systematic Review of Japanese Macaques, Macaca fuscata (Gray, 1870)"(Fooden J, Aimi M)(2005年刊)は形態学、集団遺伝学の領域については多くの個体群を扱い、内容もかなり詳細ですが、生態、行動、社会の領域についての記述はわずかなものでした。つまり、ニホンザルの野外研究を広くカバーした英語本はこれまで一切ないという状況なのです。
そうした状況の中、2010年9月に1990年以来20年ぶりに日本で3度目の国際霊長類学会(IPS)が開催されることになりました。以前は世界をリードしていた日本の霊長類学が、創成期の輝きを失ったと言われて久しいのですが、確かに認めざるを得ない側面があるのは事実です。私は、再び輝きを取り戻すために、諸先生・諸先輩が残して下さった遺産を生かし、ニホンザルだからこそ有利に取り組めるテーマは、種内変異だと思っています。また、論文が次々に量産される時代にあって、英語で論文を書くだけでは埋もれてしまい、正当に評価されていない側面があると感じています。そこで、種内変異を主テーマとして、これまでのニホンザル研究を広く網羅した本を、各領域のエキスパートの力を借りて作り、IPS大会で販売してアピールしようと考えたわけです。

(内容と自己評価)

 上述の目的を果たすべく、餌付け群で主に発達、母子間関係の研究を長期継続されている大阪大学の中道正之さん、音声が専門で屋久島と金華山という両野生群を非常によく把握している東大出身の杉浦秀樹さん(現、京大WRC)に編者に加わって頂くことで、紹介する論文や領域に極力偏りが生じないように配慮しました。ただ、先に言い訳をしておけば、「章」においては種内変異を主テーマとしたため、それが足かせとなって他の個体群に比較対象がない非常にユニークな研究を扱い難くしています。この欠点を補うべく、「章」とは「話題(topic)」という節を設けましたが、すべてを補えているわけではありません。60年のニホンザル研究を広く網羅すると言いながら、「私の論文が引用されていない」、あるいは、「肝心のところが紹介されていない」との不満を抱かれることもあると思います。しかし、それはその論文が大変ユニークであることの証と考えて、どうかお許し願えれば幸いです。
 目次等については、出版社であるspringerのサイトをご参照ください(http://www.springer.com/978-4-431-53885-1)
 私自身は、「背景」に書いたような内容を、編者の共著としてPrefaceに書き、章としてはこれまで専門としてきた採食生態は半谷吾郎さんと辻大和さんに担当してもらうことにしてニホンザルの社会構造の変異をレビューしています。われながら、冒頭に掲げた意図通りで、かつオリジナルな内容も含む論考に仕上がったと自負しています。そのオリジナルな内容とは、専制型と分類されるニホンザルの中で、ヤクシマザルは寛容型の性質を数多く含んでおり、これは決して自然群であるためではない、というものです。ぜひご笑覧ください。

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