中川尚史中川尚史 “ふつう”のサル(の)学研究室

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解説:中川尚史.現生霊長類の群れが生存できる環境を推定するモデルからアルディピテクス・ラミダスの生息環境を探る.河合香吏編『極限ー人類社会の進化』,p.505-531, 2019, 京都大学学術出版会,京都.

(背景)

 本稿が収められた書は、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の河合香吏さんが企画された東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・共同研究プロジェクト『人類社会の進化史的基盤研究(4)―生存・環境・極限』の成果論文集である。本研究課題は、河合さんが2005年度以来、「集団」、「制度」、「他者」とテーマを進めながら、3期10年にわたって継続的に展開してきた共同研究『人類社会の進化史的基盤研究』の第4期であり、その総括と位置づけられている。私は、「集団」以来の参加である。研究主題としては、「生存」を主軸にして、「生存の環境」をその「極限」条件まで見据えるものとする。すなわち、生態学的・社会的環境に生きることのぎりぎりの条件と状態を探ることを念頭に、霊長類社会/生態学、生態人類学、社会文化人類学の3分野から統合的に迫るものである(以上、河合さんのことば)。これら3つのキーワードのうち、最も扱いづらかった「極限」だが、最も使い古されておらずインパクトが強いので、成果本ではこの用語がタイトルとなった。

(内容と自己評価)

 私の担当章では、現在私の大きな目標としておいている「(類人猿でない)”ふつう”のサルから見る人類の起源と進化」について、その実践者として敬愛しているロビン・ダンバーさんとその学生、同僚たちが作った幾つかの霊長類種(属)の群れが生存できる環境を推定するモデルを利用して、440万年前に誕生したといわれている古人類アルディピテクス・ラミダスの生息地の古環境の推定を試みた。ダンバーらのモデルの最大の特徴は、個体の生存ではなく群れの生存を対象にしていることと時間は有限であるという点にあるので、本章ではこのモデルを、群れ生存の時間的制約モデルと呼ぶことにした。もう少し詳しく書くなら採食や移動といった生存上必須の活動の時間は気温や降水量などの気象要因によって決まるが、時間には限りがあるという制約を入れて導かれた現生霊長類が群れとして生存できる生息地を予測する活動時間割合のモデル式のことである。本章ではこのモデルを詳しく説明したうえで、アウストラロピテクスの生息地の古環境は正しいとして、チンパンジーとヒヒの活動時間割合の組み合わせから彼らの活動時間割合を推定した、ダンバーの学生であったC.ベトリッジらの論文を紹介した。そのうえで、私は、その形態や生態の類似性にかんがみ、アルディピテクス・ラミダスの活動時間割合はサバンナモンキーで近似できるとして、その生息環境が論争の的となっているアルディピテクスの古環境を逆に推定を試みた。アルディピテクス・ラミダスの発見者のひとり諏訪元さんにも草稿についてコメントをいただけただけでなく、その調査隊のリーダーであるティム・ホワイトさんから彼らがアルディピテクス・ラミダスの生息環境に近いとみなしているケニア南部・キブヴェジ森林の写真を提供いただいた。さらに、ダンバーのモデルの影響を受けて、サバンナモンキーについての群れ生存の時間的制約モデルを作ったエリック・ウイレムズさんからも環境データを提供していただいたことによって、完成した私としては初めての古人類に関する論考である。この発想にたどり着くまででの考え方の切り替えの過程についても披露しているので、そこにも着目してお読みいただきたい。

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