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採食生態学的研究
                                       

                                                               

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対象:ニホンザル(Macaca fuscata)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷温帯林に覆われる金華山島では晩秋から冬にかけてそこに住むニホンザルにとって新たに利用可能となる餌はほとんどなく、食物環境は低下する一方である。この食物環境の低下を、この季節の主要食物であるブナ及びカヤの種子の採食速度により量的に表した上で、これに対する次のようなサルの採食戦略が明らかになった。1)新たに食物パッチを開拓する、2)採食時間を延長する、3)食物品目を変える(Nakagawa, 1989a)。さらにこの季節のサルの栄養摂取量を調べたところ、晩秋期にはカロリー・蛋白質とも必要量を上回っているの対し、晩冬期には共に必要量をはるかに下回っていた。そして、食物環境の低下に起因するこの栄養状態の悪化に対しサルは、1)食物の多様度を増やし、2)1日の移動距離を減らし、3)土地の重複利用を避けるよう遊動するという戦略を用い た(Nakagawa, 1989c)。他方、Iwamoto1982)によれば、暖温帯常緑樹林に覆われる幸島のサルでも、冬には若干ではあるが、カロリー・蛋白質共に必要量を下回っているという。そこで、金華山と幸島、さらに前者と同じ冷温帯落葉樹林帯に属する下北半島、後者と同じ暖温帯常緑樹林帯に属する高崎山(Soumah & Yokota, 1991)の4個体群間で、秋と冬の食物の栄養学的な質の比較を行った。その際、食物の栄養含有量及び栄養摂取速度を比較することに加えて、消化管の容量及び時間という制限要因に注目して分析した。秋は冷温帯、暖温帯ともに両制限要因に影響されない高質の、言い換えれば含有量・摂取速度の高い食物があるため、十分必要量を満たすことができていたと考えられた。それに対し、暖温帯のサルの冬における若干の食物不足は、消化管の容量のわりに食物の栄養含有量が低いために引き起こされたものであり、冷温帯のサルの冬のかなりの不足は、これに加えて採食に費やせる時間のわりに食物の栄養摂取速度の低いことが引き起こした結果であることが分かっ た(Nakagawa et al., 1996)。また、上記の研究では扱っていなかった春と夏についても、金華山において栄養摂取量を測定した。その結果、春のカロリー摂取量は秋と同程度に高く、夏のそれは冬と同程度に低い値を示した。他方、春の蛋白質摂取量は秋よりさらに高く、夏はやはり冬と同程度に低い値を示すことが分かった。こうした栄養摂取量の季節差をもたらす要因を変数選択重回帰分析法で調べたところ、カロリー摂取量についてはその含有量よりもむしろ乾重摂取速度が重要であることが分かった(Nakagawa, 1997)。

対象:パタスモンキー(Erythrocebus patas)(写真左)とタンタルスモンキー(Chlorocebus aethiops tantalus)(写真右)

  サヘルサバンナ帯にあたるカメルーン国カラマルエ国立公園においては、同所的に生息する互いに近縁なパタスモンキーとタンタルスモンキー(サバンナモンキ−の1亜種)の比較生態学的研究を行った。当時まだ量的な食物品目リストさえなかったパタスについて、雨季の予備調査の結果をもとに、彼らが地上性が強く、草本植物の花やつぼみ・昆虫の幼虫を主食とすることをまず報告し た(Nakagawa, 1989b)。さらに引き続く本調査により、遊動・土地利用に関して両種の間に大きな違いがあることが分かった。タンタルスは隣接群と重複を避ける形で川辺林を中心に狭い遊動域を構え、その川辺林を好んで利用するのに対し、パタスは草本の優占するグラスランドをかなりの程度含む広い遊動域を隣接群と大きく重複する形で構え、季節によっては(雨季)そのグラスランドを好んで利用する場合さえあっ た(Nakagawa, 1999)。また、食物タイプと活動時間配分の比較からは、タンタルスがカロリー源として果実と脂肪に富む種子に、蛋白源として花と葉に依存するのに対し、パタスはカロリー源として果実と樹脂、蛋白源として昆虫と豆に依存すること、パタスはタンタルスに比べて、移動時間が長く、休息時間が短いことが分かっ た(Nakagawa, 2000a)。さらに、カロリーと蛋白質の摂取量を季節間比較したところ、いずれの種においても出産季が交尾季に比べて高い値を示した。他方、カロリー消費量に季節間で違いはなかった。タンタルスの出産季は雨季、パタスのそれは乾季中期と全く逆転しているのだが、これらの結果はいずれの種も、カロリー消費量を増すことなく質の高い食物を獲得できるような季節に出産するように出産のタイミングが決まっていることを示唆した。そして、乾季出産するパタスがこの季節、多くのカロリーと蛋白質を摂取できたのは、カロリー含有量の高いアカシアの樹脂と蛋白質含有量の高い昆虫とアカシアの豆の影響が大きかった(Nakagawa, 2000b)。Isbell1998)はパタスの長い四肢や後肢の指行性に裏打ちされた移動能力の高さが、昆虫のような小さく分散した食物に依存するのに有利であったとしている。私はこの考えを支持する一方で、パタスの移動能力の高さは、季節毎に利用可能になる相互に遠く離れた大きな食物パッチを渡り歩く上でも有利であったと考えた (Nakagawa, 1999)。その結果、タンタルスが遊動域を構える川辺林から遠く離れたところに分布するアカシアの豆や樹脂の大きなパッチと昆虫を、乾季中期に利用できることがパタスにこの季節の出産を可能ならしめていると結論づけた(Nakagawa, 2000b)。さらに、このパタスの高い移動能力は、タンタルスに比べて、栄養学的に質の高い食物を選択的に採食することを可能にしていることも明らかとなった(Nakagawa, 2003)。両種の雌雄間の比較からも、新しい知見が得られた。いずれの種においても雌はこの交尾季・出産季の間で活動時間配分に大きな季節差はなかったのに対し、雄はぞれぞれの種の交尾季に、採食時間割合が急激に減少し、休息時間が増加した。休息時間には、群れ外の雄や発情雌を警戒・監視する時間も含まれていることを考えると、いずれの種の雄も交尾季にはこうした時間を優先させる結果、採食時間を削らざるを得なかったと解釈できた。また、雌が蛋白質に富む食物(パタスでは昆虫やアカシアの豆、タンタルスでは葉や花)を好み、雄が蛋白質含有量の少ない食物(果実)を好むという結果が、季節を問わず見られた。雌が授乳のために昆虫や葉など蛋白質に富む食物を好むことはよく知られているが、パタスやタンタルスの場合、授乳の大半は生後半年に行われることを考えると、それぞれの交尾季において雌が蛋白質に富む食物に固執する必然性はさほどない。交尾季においてさえ雌が雄に比べて蛋白質に富む食物を好んでいるように見えたのは、むしろ雄が交尾季において短い採食時間を補うためにカロリー含有量が高く採食速度の高い果実を好むことの副産物だと考えた (Nakagawa, 2000a)。 なお、以上の結果、ならびにその基礎となる植生調査の結果は、拙著にて日本語で紹介されている(中川、2007

総説
 霊長類種の最大採食速度,ならびに平均採食速度がその体重によってうまくスケーリングできることを霊長類で初めて明らかにした(Nakagawa, 2008)。また,採食速度が霊長類採食生態学において,いかに重要なツールであるかを説いた(Nakagawa, 2009)。

 

 

Copyright (C) 2003 中川尚史サル学研究室
最終更新日 : 2007/08/21