野生チンパンジーの道具使用


オオアリ釣りをするオトナオス(矢印の先にアリがかみついている)
photos by K.Hosaka

 チンパンジーはヒト上科の類人猿の中でもっとも頻繁に道具使用行動を行う種である。東アフリカや中央アフリカでは、チンパンジーが日常的な採食活動としてアリやシロアリの釣りをすることが知られている。ゴンベ(タンザニア)、ベリンガ(ガボン)のチンパンジーはシロアリの塚の穴に、蔓やイネ科草本の茎、細かく割かれた樹皮などを差し込み、咬みついた兵隊シロアリを釣りあげる。マハレ(タンザニア)では、方法はこれに似るが樹上性のオオアリの釣りが見られる。
 また、釣りの方法や道具にも、棲息域による変異が見られる。ンドキ(コンゴ)では、チンパンジーがシロアリの塚に約80センチ長の硬い棒を突き刺し、穴をあけ、別に用意した釣り棒を差し込んで釣るという段階をふむ。これは、一つの目的に異なった機能を持つ複数の道具を継続的に使用する点で特筆に値する。
 一方、タンザニアのゴンベ公園のチンパンジーが地上を行進しているサスライアリを釣るときは、1メートル近い長さの丈夫な棒を用いる。
 通常の狩猟で道具を使うことはないものの、木のウロにひそむリスや鳥を追い出すために、丈夫な棒を穴に差し込むことがたまに観察される。
 西アフリカのチンパンジーは、石器を使ってアブラヤシ、コウラなどの堅果を割る。堅果割りは西アフリカだけで知られる行動である。

チンパンジーの道具使用から明らかになった知能的特徴

  1. 柔軟性…状況に応じて知能的に行動パターンを変化させる。たとえばオオアリ釣りのさい、アリの巣口の大きさ、道具の材料の利用可能度に応じて、さまざまな釣り棒を使い分ける。
  2. 道具の製作…萌芽的であるにしろ、道具の製作が見られる。それは、たとえば、木の枝から余計な枝葉を取り去るといった「リプロダクション・プロセス」のみであるが、もとの材料の改変を含んでいる。
  3. 複数の道具の連鎖的使用…掘り棒と釣り棒のような「道具キット」の例はまだわずかしか知られていないが、今後新たに発見される可能性がある。
  4. 社会的伝達…道具使用行動には、地域的な相違がある。これらの相違の多くは、社会的に伝達される行動、つまり文化であると考えられる。

ヒトと比べたチンパンジーの道具使用の特徴

  1. 必要性の低さ…チンパンジーはその生存のために絶対必要な道具をもっていないようだ。アリやシロアリ釣りをやらなくても、チンパンジーは生存できるだろう。石器による堅果割りについても断言はできないが、おそらく同様であろう。しかし、ヒトは道具なしで数か月以上生存することは不可能である。
  2. 加工程度の低さ…チンパンジーの道具はその加工の程度が低い。また、罠のように、効果を発するときに現場にいる必要のない、いわゆる「設備」型の道具が存在しない。
  3. 二次道具を欠如…二次道具、つまり道具を作るための道具を欠いている。
  4. 重複や結合の欠如…「重複」とは、たとえば家の瓦屋根のように同じ部品を複数用いて、一個ではできない機能を持たせることである。「結合」とは、矢じりと柄のように、異なる部品をつなぎ合わせることだ。いずれも、結び合わせるためのヒモが必要である。結縛の技術はヒトの道具の進化にとって決定的に重要であった。


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